2003年2月のプチ日記

2月28日(金曜) 夜

 先日、大阪で見かけたレンタル屋です。

 いいなァ、ビデオ大学。video-u.ac.jp。

 こんな大学だったら今からでも入学してみたい。「おれ、ビデ大出身なんだよね」。

−−−

 自分で言うのもナンだが、ぼくはとても謙虚な人間であります。

 ほんとに謙虚な人はこんなこと自称しないだろうという話はさておき。どんなときも反射的にへりくだってしまうので、これはこれで結構たいへんなんである。

 たとえば先日、知人をある中華料理屋に連れていったときのことだ。注文した中華丼を食べた知人は「この店、すごいおいしいっすよ!」としきりにほめてくれたのだが、たまらなくなったぼくはつい「いやァ、そんなたいしたものじゃないですから」。ただポカーンとする相手。

 考えてみればコックさんに対して失礼千万の話である。「身内を卑下したんだ」と言い訳してみるが、コックさんは身内でもなんでもない。これは謙譲ではなく、単なる罵倒ではないか。

 また別の日、手持ちのあるパソコンソフト(マイクロソフト社製)を先輩に貸したときのことだ。翌日先輩から「名倉君あのソフトありがとう。ほんと便利で助かってるよ」と言われ、居ても立ってもいられなくなったぼくは咄嗟に「いやァ、意外と使いにくいんですよ。すみません」。ただ首をかしげる相手。

 一体ぼくはマイクロソフトの何なんでしょうね。身内なのかワイフなのか。

 

2月26日(水曜) 夜

 記念写真を撮るとき「1+1は?」と訊いて笑顔を作らせるテクニックがあったんですか。あるサイトで知りました。

 これで「にっ」とさせる魂胆だろうが、大のオトナに向かって「1+1」を訊ねるとはずいぶん失礼な話である。ボケ老人じゃないんだから。ここはもう少し難度を上げた設問にするのが礼儀というものだろう。

「3×6−8×2は?」
「19273÷9636.5は?」
「492×38−18687は?」

 とっさに暗算できた人は「にっ」と笑みで写り、ばかな人は「えーっと…」としかめ面のまま写る。頭のよさも分かるから便利な記念写真である。ちなみに2番目のやつなどは普通の人はできそうにないが、電光石火計算ができる人(一部の自閉症の人など)は笑顔で写ることができる。

 ただ、3番目の問の答えは「9」です。キュー。

 答えが分からない一般人はみんなしかめ面なのに、かしこい人だけタコみたいな顔で記念写真。ざまみろ。 

 

2月25日(火曜) 夜

 今朝、いつもよりちょっと早い6時34分に目が覚めた。

 そのとき、壁の掛け時計も枕元のデジタル時計も同じ時刻を指していた。それから二度寝した後、いつもどおり7時にデジタル時計のアラームで起こされた。

 だが掛け時計を見ると6時34分を指したままだった(電池切れ)。つまりぼくは、掛け時計の電池が切れると同時に目覚めていたのだ。

 自分的にはかなりビックリしたんだけど、こんなこと喋ってもまともに相手してくれる人などなさそうなので、結局だれにも話さなかった。でもやっぱり気がおさまらず、こうして日記に書いているという次第です。読んでくださったかた、どうも申し訳ありません。

 ぼくは「偶然」とかあまり信じないほうなのだが、こういうのって何かあるんだろうか。「親が死んだ瞬間、自分も目が覚めた」といった話はたまに聞くけれど、「時計の電池が切れた瞬間、目が覚めていた」というなんとも微妙な偶然。それもセールで買った安時計。すごいのかすごくないのか全然分からず、ただただ困惑するばかりです。

 これが超能力だとしてもちっとも嬉しくない。電池が切れるたびに目が覚めてうっとしいことこの上なし。

 

2月24日(月曜) 深夜

 今日は有休だったので一日中家でゴロゴロしてました。ゴロゴロしては寝て、の繰り返し。

 自分なりに「リフレッシュ休暇」のつもりだったのだが、ずっとゴロゴロしてたら悶々してきて大変だった。

 悶々休暇。莫迦に休暇を与えるとロクなことになりません。

−−−

 親といえば年上である。

 …と思っていたのだが、例外もあり得ることに気がついた。

 たとえば映画俳優のジョン・フォーサイス氏は84歳で再婚したことがあるらしいし、あと海外文学作家のナントカ(名前忘れました)は70歳を越えてから17歳だかの少女と再婚したと記憶している。彼らに子どもができたかどうかは知らないが、いたとすれば妙なことになっていたはずである。

 たとえば初婚時の息子が48歳になっているとしよう。彼にとっては17歳かそこらの女性が「お母さん」になるのだ。いや、48歳にもなっていたら「おふくろ」と呼ぶのがふさわしいかもしれない。

 48歳男性が17歳女性を「おふくろ」と呼ぶ。これはどう考えてもコントだろう。

 男性の生殖年齢だけが突出して高いのは、ひょっとすると、こういうシチュエーションを想定した神様の「ちょいギャグ」なのかもしれないなァ、と思う昨今であります。

 進化論よりちょいギャグのほうがずっと楽しいし。

 

2月23日(日曜) 深夜

 父親と飲んでたら昔の「武勇伝」を聞かされた、という話をときどき耳にする。

 これはたとえば、「オレも若い頃は毎晩遊んでいたけど成績はよかった」とか「路上で乱闘してたら警官がきたけど逆に怒鳴りつけてやった」とかいうエピソードだろうと推察する。今はおとなしいサラリーマンだけど、昔はいっぱしのワルだったんだぜト。

 ここでふと思う。将来もし自分に子どもができたら、いったいどんな武勇伝を聞かせたらいいんだろう。不良をアピールするには犯罪の匂いを漂わすことが重要だが、今までの人生でそれっぽいものといえば、

 ああ、このショボさはなんだ。こんなことを武勇伝として息子に自慢しろと言うのか。

 「父さんはな。今でこそおとなしいサラリーマンやけど、小学校の頃はガムを万引きしたことがあるんや」
 「警察の世話になったこともある。28歳のときやったかなァ、酔っ払って近所の壁をよじ登ってたらポリス呼ばれたんや」

 ダメだダメだ。こんなのではちっとも尊敬されないに決まってる。ここはひとつドデカイことをやらかして、武勇伝作りをしておいたほうがよさそうである。たとえば切腹してみるのはどうだろう。

 ぼく:「父さんはな、若いころ切腹したことがあるんや。これが当時の傷跡や…」
 息子:「わーすげェ! なんで切腹したの!?」
 ぼく:「ぐっ…。そ、それはな、えーと、なんとなくや」

 ちなみに現在、子どもができる予定はおろか、結婚の相手も予定も皆無です。

 武勇伝の心配など全然しなくていいのがまた悔しい。

 

2月22日(土曜) 夜

 軽めの音楽を聴きたい発作に襲われたので、今さらながらピチカートファイブのCDをレンタルしました。一泊二日。

 でも帰宅したら、新しい生MDがないことに気がついた。といってわざわざ買いに行くのも面倒くさい。

 仕方ないので残り時間が多いMDの後半に録音した結果、「エアロスミスの後にピチカート」というコラボレーションになってしまいました。

 −−−

 自転車に乗っているときウォークマンを聴くことが多い。

 走ってるときはいいのだが、信号待ちの時間が退屈なのだ。たかが数分といえど、何もすることがないとロクなことを考えないのがぼくの常。待っている間にも過去の愚行が次々と頭に浮かび、この先の人生を思って失望に打ちのめされ、まるで世界が没落していくような感覚に陥っていくのである。うわーもうダメだ、だれか助けてくれェ!!

 信号待ちのたびにいちいち世界が没落していては身がもたない。

 これが電車の中とかならマンガや本を読んで気持ちをそらせるのだが、自転車だとそうはいかない。信号待ちのたびに本を取り出して読んでる人など見たことがない。

 というわけで音楽で気を紛らしておるわけですが、気がつけばつい曲にあわせて歌を口ずさんでいるので恥ずかしい。先日も気がつけば洋楽バンドの歌をうたっていた。それも「聴き取れる歌詞」だけをうたって、あとは「ラララー」で誤魔化すというやつである。

 「らーららー らーららー ブルースカイ! らーららー ブルースカイ! らーらら〜」

 信号が青に変わった瞬間、隣の原付が追い越しざまにぼくを振り返って走っていったのでした。ちくしょう。

−−− 

 さて本日、某企業の連載コラムが更新されてます。

 今回のテーマは「いまどきの京念仏寺」。京都・嵯峨にある化野念仏寺を見学しようと思ったら既に閉園(閉寺)時間になっていたので、急きょ別の念仏寺に足を運んだレポートです。昼の3時半に門を閉める寺があるとは。

 楽しい羅漢さまたちがたくさんいたので、よければご覧くださると嬉しいです。

 

2月21日(金曜) 夜

 マンゴーの缶詰をななめから見ると、えもいわれぬ気分になりますぞ。

 よりよく見える角度を模索しながらスーパーで何度もシャッターを切ってたら、通行客の何人か物珍しげに近寄ってきた。直後、きびすを返すようにして立ち去っていきました。

 缶詰を撮影するのがそんなに悪いことなのか!? 勘弁したれや。

−−−

 ぼくの日記の文章をそのままコピーしているサイトがある、と何人かの読者から教えていただいている。某匿名掲示板で話題にのぼっていたとのこと。

 見れば確かにその通りで、おまけに掲示板ではそのサイトの作者が盗作疑惑で叩かれていた。さぞかしションボリなさっていることだろう、と思うと胸が痛むような痛まないような気持ちでいっぱいであります。

 でもこういうのって、

 等の手段を講じていればこんなことにはならなかったのではないか。正直者は損をするの法則である。

 まァまァ、たまにはコピーもいいじゃないですか。

 …と寛容な人間っぷりをアピールするつもりだったのだが、掲示板のログを見ると、該当サイトの作者が 「いつもくだらない日記ですがよろしく〜」とコメントしているのを見つけた。むかー。

 くだらないのは確かに事実だけど、なんか猛烈に釈然としない。

 

2月20日(木曜) 深夜

 アトピーが悪化しております。

 それもこれも、少し前に買った空気洗浄器のせいだ。

 ぼくのアトピーはハウスダストが原因っぽいので、空気がきれいになれば緩和するだろうと思って買ったんである。だが、実際に使ってみると、空気清浄器の送風によって部屋のほこりが舞い上がり、よけいにアトピーが悪化してしまうのだ。

 …いやまァ、空気清浄器に頼って部屋の掃除をサボっていたのがダメなんですが。マメに掃除すれば問題ない話なんですが。

 だったらそもそも、清浄器なんて買わなくてよかったのだ。

 

2月19日(水曜) 深夜

 職場の別部署にCさんというデブの女子社員がいる。

 今朝、ウチの部署の前をCさんが通りがかったとき、彼女の姿を見た同僚A君が突然つぶやいたのでした。

 「あっ! きのう豚肉を冷蔵庫にしまうの忘れてた!」

 Cさんを見て、豚肉をしまい忘れていたことをふと思い出したA君。

 だが当のA君は豚肉のこと以外、とくに何も意識していないようだった。こういう素朴さは大好きです。

−−−

 それでぼくも、過去に撮った写真のことを思い出した。

 ずいぶん前、うさんくさげな健康ショップで見かけた看板です(デカくてすみません)。

 

 「耳ツボダイエット」の施術前後を比較した写真とのことですが。

 たしかに痩せてはいるが、それよりファッションの違いに目がいってしまうのはぼくだけでしょうか。それとも大多数の人は、これを見て「お、やせたね」とか言ってるんでしょうか。

 ひょっとしたら上の2人は別人という可能性もある。ただ、この場合、施術前モデルがかわいそうなのは当然として、施術後モデルの心境もさぞ複雑だろう。「キミ、この人(施術前モデル)の使用後モデルにピッタリだよ!」なんて言われたら、普通の人なら神経がまいってしまうと思います。

 

2月18日(火曜) 深夜

 なぞなぞです。「鏖」という漢字をどう読むかご存知だろうか。

 …なんて書くと分かったような分からないような気分になってくるが、正解は「鏖=みなごろし;皆殺し」です。ウソだと思うなら辞書を引いてみてほしい。

 しかし37564に固有の漢字があったとはビックリである。こういう素敵な漢字は今後、もっと広く使われて然るべきだろう。

 たとえばハードロックバンドのインタビュー記事に掲載されるわけである。

「オレたちはクソがきどもを鏖にしてやるぜ! ファック!」

 あるいは、テロ実行犯が小学校なんかに送りつけるわけである。 

「○月×日、あなたたちを鏖にします」

 チリかフンかシカか一体なんなのだ!? シカにされるのは御免だよ! と読者を悩ませつつ、実は37564という意外な展開。

−−−

 ちなみにこの漢字の存在は、塔島ひろみさん主催のミニコミ誌『車掌』で知りました。

あと下の日記について、ちょこちょことメールをいただきました。レッチリはヘビメタじゃないだろうとか。

ええとですね。(以下割愛)

実はこのスペースに、ヘビーメタルについてうだうだと書いてアップしてみたんですが、もっさいのでやっぱり削除しました。プチ日記は毒にも薬にもならないヌルい文章なのでどうかご了承ください。

あと、ぼくが考えてることをそのまま本気で書いたら、即刻サーバーから削除されたり荒らされたりする確信があります。

 

2月17日(月曜) 深夜

 昨夜は疲れてそのまま寝てしまいました。

 これでも睡眠時間を削って書いてるので大目にみてくださいよダンナ。

 「だったら書くな」と言われそうですが、それは言わない約束で。

−−−

 CD棚に眠っていたヘビーメタルのアルバムを久しぶりに取り出してみた。

 レッチリとかアンスラックスとか、どれも学生時代に買ったものばかりである。ナイスファッキンライフとかなんとか、能天気な歌詞を「ゴキゲン」に歌ってやがったっけなァ。いやー懐かしい。

 …と軽い気持ちで再生してみたところ、ものすごく悲しい気持ちが襲ってきたので驚いた。

 理由はすぐに分かった。当時、ずっと好意を抱いていた女性からフラれたことがあるのだが、そのときたまたま愛聴していたのがこのアルバムだったのだ。結果、「パブロフの法則」というか「オレBGM」というか、要するにそういう連合が知らずのうちに出来上がっていたらしい。

 ヘビメタを聴いてよみがえる失恋の傷心。「ナーイス・ファッキン・ラーイフ!」という絶叫とともに回想される「やっぱり友達同士でいたいの…」の一言。もへえ! もーへーえッ!!

 その後、ひたすら「もへえ!」と叫びながらヘッドバンギングし続けたぼくちゃんでした。カワイイよね。死ね。癌にでもなれ。

 

2月15日(土曜) 深夜

 「マラカス」と「マスカラ」が未だに混合して咄嗟に分からない状態が続いております。

 これと似たものに「ムソリエ」と「ソムリエ」がある。どちらが正しいか熟考すれば分かるのだが(ソムリエが正解)、これが咄嗟には分からないんである。

 数年前までは迷わず分かったのだ。が、あるとき冗談で「ムソリエ」と言い始めて以来、自分の中でこんがらがったままになっているという次第。おかげで今では、数秒間じっくり考えないと正解が分からない。

 先日も取引先との商談でやらかしていまった。肝心の話に入る前に軽く雑談などするのが常なのだが、こういうのは相手のペースに合わせて会話を進めるので、あまり考えずポンポンと返事しなければならないのだ。

相手:「このボールペン、インクのにおいが強いですね。なつかしい」
ぼく:「そうですねえ。インクのにおいってなつかしい感じがしますねえ」
相手:「ところでご存知ですか? 赤ボールペンはまたちょっと違ったにおいがするんですよ」
ぼく:「へえーそうなんですか! 不勉強でお恥ずかしいんですが存じ上げませんでした」
相手:「私など、においを嗅ぐだけで黒インクか赤インクか分かりますよ」
ぼく:「すごいですねえー。そこまでいきゃあボールペンのムソリエですよ!」

 直後、相手の表情が固まり、おそろしく長い沈黙が訪れました。自分の失言に気づいたのはその数秒後だった。

 ぼくはこれから、どうすれば先方の信頼を取り戻せるんでしょうか。ムソリエ。

−−−

 さて本日、某企業の連載コラムが更新されてます。

 今回のテーマは「いまどきの京お子様ランチ(調理編)」。先週に引き続き、今回はお子様ランチを自分で調理してみたレポートです。そのためにミッフィー柄のかわいいランチプレートを買ったんですが、ウチの食器棚の中で明らかに浮いております。

 某企業のトップページはなぜか更新されてないんですが(なにかの陰謀でしょうか)、こちらからご覧いただけるようです。

 よろしければ読んでくださると嬉しいです。

 

2月14日(金曜) 深夜

 夕食にキムチ鍋を作りました。聖バレンタインデーですか。

−−−

 職場にて、女性社員Aさんが同僚と話しているのを耳にした。Aさんは若くてきれいな人である。

 Aさんは「その担当者なんだけどね」と前置きしてから言ったのでした。

 「中尾君にしてほしいの」

 なかおくんにしてほしいの。中をクンニしてほしいの。

 美人の口からこんなセリフが聞けるとは、ぼくもつくづく果報者である。きっと普段の行いがいいのだろう。デンスケとか持ってなかったのが悔やまれるところである。

 これは神様からのプレゼントなのだろう。…なんて書くと、ちょっぴりキザすぎるだろうか。

 誰にだってバレンタインデーはくる。

 

2月13日(木曜) 夜

 今朝、ねぼけて顔を思い切り壁にぶつけてしまった。

 幸い怪我はなかったのだが、おかげでメガネのフレームがものすごい歪み具合になった。といっても時間がないのでそのまま出社。

 こういう日に限って大切な商談の打ち合わせがありました。ものすごい歪み具合のメガネをかけて、しかめ面で交渉。

 相手が始終笑いをこらえているような気がして、商談どころではありませんでした。

−−−

 通りがかった民家のドアに貼ってあったお札。

 本当に悪質な業者は、こんなのを見て訪問をあきらめないと思います。それともなんですか。「オレって悪質業者だから遠慮しなくちゃなァ…」なんて思うんだろうか。いや、これは善良な業者だろう。

 どういう効果があるのか分からず楽しいです。

 

2月12日(水曜) 夜

 昨夜は飲みすぎたのに妙に体調がよかった一日でした。

 いよいよ飲みすぎが身体の前提となってきたのか。我がことながら心配です。

−−−

 考えてみれば、「酒を飲みすぎると体を壊す」というのは人間が酒に適応しきっていないからではないだろうか。

 人類が誕生してからかなりの年月が経つが、身体機能はさほど変わっていない。我々の体はアルコールがこんなに豊富にある環境で暮らすことなど想定していなかったのだろう。環境の変遷に進化がついてゆかず、いろんな不具合を生じているのだ。

 それが証拠に、大昔から豊富にあった物質については、我々は充分な耐性を獲得している。たとえば酸素がそうだ。いくら酸素を吸っても、よほどでない限り身体は大丈夫だし、それどころか吸わないと死んでしまう体たらく。まさに「酸素依存症」である。

 酸素に馴染めない連中は子孫を残せずそのまま死滅したのだろう。だから今生きている人間はみんな酸素に強い。

 もしも発泡酒が水の代わりになる時代が来たとして、それがずっと続けばどうなるだろう。長い年月の末に生存しているのは、「いくら発泡酒を飲んでも平気」な人類だけなのではなかろうか。

 ぼくの精神は進化を先取りしすぎのだ。なんだかカッコイイじゃないか。

 覚醒剤中毒者やエイズ患者なんかもこれと同様、進化を先取りしすぎた人類なのでしょう。ポクポク。

−−−

 さて、昨日の日記で紹介した「銀座・まるかん・にんじん店」ですが。

 読者のかたがたからご教示をいただきました。健康食品の会社らしいです。なあんだ。

 でも、おかげで気が狂わずにすんだので嬉しいです。メールくださった皆様、ありがとうございます。

 

2月11日(火曜) 昼

 飲みに行ってたり疲れたりで2日もあいてしまいました。

 昨夜は夜9時頃からちょっと仮眠したのだが、目が覚めたら朝6時半だった。8時間半の仮眠。

 それからさらに4時間ほど「本眠」。いや「追い眠」と言うべきか。

−−−

 先日、通りがかった駅のホームで見かけた広告。

 「ひとり: 銀座 まるかん にんじん店」

 これを見て何の店だか分かる人って、一体どれだけいるんだろう。「よーし今度のぞいてみようか」なんて思う好事家の数はさらに少ないことだろう。どういう広告効果を狙ってるのかちっとも分からず、気が狂いそうになっております。

 おまけに「ひざ・こし・げんきでおなじみの」と言われてもなァ。やはり「にんじん専門店」なんだろうか。

 気になって仕方ないのでネットで検索してみたんですが、ひとつもヒットしませんでした。

−−−

 下の日記で書いた「臭い携帯ストラップ」、どうやら実在するようです。

 着信と同時に、カレーとかみそ汁とかの臭い(匂い?)が発せられるようで。まァ、ぼくなどが考えることは、とっくに誰かが考えてて当然でしょう。安心しました。

 ご教示のメールくださった方々、ありがとうございました。

 

2月8日(土曜) 夜

 携帯電話の呼び出しをバイブ設定にしている人をよく見かける。

 でもこれがブーブーと結構うるさいから困る。聴覚ではなく触覚に訴えようというのは分かるが、人間の感覚は他にもある。

 ちなみに五感を挙げてみると、

 一番静かなのは嗅覚と味覚ではあるまいか。

 たとえば「呼び出し臭」による携帯電話。うんこの臭いやおしっこのにおい、つばをこすった臭いなど、好みのにおいを自由に設定できるのだ。

 「呼び出し味」を設定できる携帯電話もいいだろう。勤務先からの呼び出しをマツタケ味にしておけば、たまには出る気になるかもしれない。

 だがなんといっても、いちばんいいのは第六感ですな。「電話がかかってきたら何となく分かる」携帯電話。

−−−

 さて本日、某企業の連載コラムが更新されてます。

 今回のテーマは「いまどきの京お子様ランチ」。さまざまなお子様ランチを食べ歩いてきたレポートです。お子様ランチってすごい美味しいんですねえ。

 中には注文を拒否されてモメた店もありますが、よろしければご覧くださると嬉しいです。

 

2月7日(金曜) 深夜

 サルや人間などの高等動物は、教えられないとセックスできないと言われている。

 カナブンやネズミなどは、一匹だけ隔離して育てても、成長してから異性をあてがうと交尾行動が出る。でも人間などはこういうワケにはいかず、エロ本などで学ばないと交尾のやり方が分からないらしい。

 たとえばオオカミに育てられた少年の例がある。幼い頃に人間に保護されたものの、年頃に成長すると性欲の処理方法が分からず、ただ悶々とわめき続けるだけの状態に陥ったという(少年の教育を担当していた牧師は、彼にオナニーを教えるべきかで大いに悩んだんだとか。いい人である)。

 こう考えると、進化史上初めてセックスした人類はかなり偉大なのでないかと思う。だって、あんなややこしい場所にかしこまっている妙な穴に自分のチンコを入れてみようと思いついたんである。ナマコを初めて食べた人より勇気があるんじゃないか。

 だが、もう少し考えると、なにか違うような気もしてくる。人類とてそもそもは下等動物から進化してきたわけで、「学ばなければ交尾できない種」へと進化したとき、まだ進化していない仲間たちの交尾行動を見て参考にしたものと思われる。我々の祖先は下等動物の交尾を模倣したと考えるのが妥当だろう。

 ってことは、我々のセックスは元をたどれば、カナブンやネズミの交尾を連綿と模倣してきた結果なのではないか。

 エロビデオなんかを見るたびに、「カナブンの交尾がこんなことになってしまったのか…」と感慨にふけっている昨今であります。えらく壮大な伝言ゲームである。

 

2月6日(木曜) 夜

 カニを食いにいってました。上司のおごり。

 こんなに美味しいものをたくさん獲れる人類はやっぱり偉いなァと思う。

 今後、自然界で生き残る動物にとって重要な課題は、いかに不味い身体にするかなのかもしれません。

−−−

 中学の頃、体育の担当教師が性教育にも熱心な先生だった。

 それはいいのだが、男子ばかりの授業で腕立て伏せをさせるたびに言うのだった。

 「おまえたちも将来セックスするだろう! そのときのためを思ってがんばるのや!」

 皆さんはセックスのとき、腕立て伏せ運動を利用してらっしゃるのでしょうか。

 スポーツファック。こんなファックはいやでござる。

 

2月5日(水曜) 深夜

 同僚Sさんが自宅でイワシを焼いていたら、火災報知気が作動してエラい目に遭ったらしい。

 ハイテク化が進む防災システムなのに、イワシに反応するとは情けない話である。火事の臭いか焼きイワシの臭いかくらい、きっと原始人にだって嗅ぎ分けられたことだろう。イワシで知るハイテクの落とし穴。

 だったらイワシ焼きの臭いには反応しないようなプログラムを組み込めばいいのではないか。これさえあれば、「緊急火災にセキュリティ会社が駆けつけてみればイワシだった」なんてこともなくなるだろう。よーし、特許でもとろうか!

 こうなると、反応寛容にするのはイワシだけではダメだろう。サンマやサバはもちろんのこと、餃子やホイコーロといったメニューも含めなければならない。なかには自分の精液を電気ストーブで焼いてみるような中学生もいるだろうから、年頃のお子さんを持つ家庭にはオプションプログラムが必要かもしれない。

 おお、いよいよ計画が軌道に乗ってきたぞ!

 …と一瞬思ったものの、よく考えたら、焼きイワシが火災の原因となることだってあり得る。こんなプログラムが組み込まれていたばかりに「イワシ火災で一家焼死」てなことになれば責任問題になるかもしれない。おお、危うく大損こきさらすところだった!

 それとも今の火災報知器は、「どんな煙にも反応する」っていう特許品なんでしょうか。

 

2月4日(火曜) 深夜

 テレビでイチローを見るたびに自慢げな気分になる。

 イチローはぼくの知人の友人なのだ(前にも書いたかもしれないけど)。

 ことあるたびにこのことを自慢しているのだが、だれからも驚いてもらえない。さては嫉妬か。

−−−

 以前、知り合いのサイトに次のような文章を見つけた。

料理の本でチーマージャンという調味料を読んだのですが、なんなのか分かりません。ご存知のかたがいらしたらメールで教えてください。

 そのくらいデパートの店員にでも訊けばすぐ分かるだろう。ネットやってるんだったら、検索エンジンで調べれば一発かもしれない。なのにメールで訊くとはなんなのだ!?

 さては、これを機会に「ネゲット」しようという魂胆だったのかもしれない。読者からメールが来たら「文章ではよく分からないので、一度お酒でも飲みながらじっくり教えていただけないでしょうか」とか言って。

 彼にはこういうのが似合っているような気がしてきました。出会い系チーマージャン。

 

2月3日(月曜) 深夜

 ある読者のかたからメールをいただいた。

 メッセージの末尾にはご本人のHPアドレスが記されていたのだが、続く文章がちょっと気になった。

>私のサイトですが名倉さんにはあまり関係ないかと

 ぼくには関係のないサイト。なんだろうと思って見てみたらファッション系のサイトで、ジャンポールゴルチェとかのお洒落な服がいろいろ紹介されてました。

 たしかに無縁なんだけどなんか悔しい。関係ありまくるようになりたい。

 とりあえずジャンポールゴルチェの肌シャツでも買って、「猛烈に関係ありますぞ!」と返事しようかと思います。

−−−

 それはさておき、ゴミ収集所に出現していたハリガミ。

 付近の小学校の生徒が書いたものである。以下抜粋。

そこのきみ、ごみを出す時きちんと分別したり、約束どおりに出したりしているかい。

今日から君たちも、やくそくを守ったりしよう。

 なんでおまえに「きみ」呼ばわりされなきゃならないんだよ。あームカつく。それになんだよ、「分別したり」「約束どおり出したり」ってのは。挙句の果てに「やくそくを守ったりしよう」かよ。だからガキは困るんだよ。オトナはな、もっと正しく激しく「たり」を使うんだよ!

今日から君たちも、ゴミを出す時きちんと分別したり、フィギュアスケート番組でオナニーしたり、ポテトチップとビールを交互に口に運んだり、約束を守ったりしよう。

 改めて読むとちっとも正しい文法じゃないけど、今はそういうコトを言ってるんじゃないんだよ畜生!

 ぼくは小中学生のガキが大嫌いなのだが、その一端をご理解いただければ幸いです。心の狭さには自信あり。

 

2月2日(日曜) 深夜

 近所の写真現像店(イエローカメラ)で見かけた掲示。

 

 えーと。この「他社のデジタルプリント」はちょっとひどすぎるんじゃないでしょうか。こんなプリントする会社があったら見てみたい。

 今日は疲れているのでこれでおしまいです。それでは。

 

2月1日(土曜) 深夜

 知人と本の話(ガリバー旅行記とか)をしていたら、思わぬ言葉が返ってきた。

 「スウィフトはおもしろいよね。それ原著で読んだよ」

 あー。はいはい。すごいですねえ。

 でも「原著で読んだ」ってなんなんだよ。本の内容は同じじゃないのか。自分のすごさをアピールしたいのは分かるが、あまりにもあからさまというか、そのまんまというか。

 いやまァ、これもひとえに英語力のないぼくの妬みなんですが。「原著で読んだ」と言えば確かにちょっとカッコイイ。とりあえずは手近なところから始めてみることにしよう。

 「あー、群ようこの随筆は原著で読んだよ」
 「ドラえもんなら原著で読んだぜ」
 「週刊現代なんかも原著に限るね」 

 …と大見得を切ってみたのはいいが、考えてみればどれも当たり前の話だ。「群よう子の原著」というのは単に「群よう子のエッセイ文庫本」であって、こんなもので皆を尊敬せしめることは無理である。原著がエラいのはそれが外国語だからなのだった。

 「あー、群ようこの随筆は英語で読んだよ」
 「ドラえもんならロシア語で読んだぜ」
 「週刊現代なんかはフランス語に限るね」

 これは尊敬されるというより、ただの莫迦です。

−−−

 さて本日、某企業の連載コラムが更新されてます。

 今回のテーマは「いまどきの京墓」。京都の某有名寺に出向き、お墓のお供え物を観察してきたレポートです。お菓子かお酒ばかりだろうと思っていたら、いろんなモノが供えてあって楽しゅうございました。

 よろしければご覧くださると嬉しいです。

 


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