5月31日(月曜) 深夜
本日の殿方。
長髪なのでヘビーメタルの人かと思えば、Tシャツは"PUNKS NOT DEAD"だし、カバンにはジッタリンジンの文字が。一貫性がないというか守備範囲が広いというか。
これで携帯の着メロが演歌だったりしたら、もう何がなんだか分かりません。
5月28日(金曜) 深夜
この世で最もイタいことって何だろう。
…と考えていて思い至ったのは、「自分の賞(アウォード)を作って勝手に誰かを表彰する」。
誰かの名前が冠された賞としては、三島由紀夫賞とか吉川英治文学新人賞とかいろいろあるけれど、たいていは本人の没後に出版社なり財団なりが創立したものである。しかしそれを、本人自らが生前に作るとなれば、相当な覚悟がいるのではないか。
たとえば、「田村で金」「谷で金」「ママでも金」そして「議員で金」と今をときめく谷亮子さんが突然、「YAWARAアウォード」(「谷亮子記念賞」でもなんでもいい)なんぞを立ち上げ、スポーツ界で活躍している後輩たちをのべつまくなしに表彰し始めたらどうだろう。賞金30万円とか、これまた微妙な額だったりで。
どうなるかは分からないけれど、おそらくいい結果にはつながらないと心から思う。受賞拒否者が続出すること、アンチ谷亮子の人数が数百倍に増えることはほぼ確実だろう。
恥ずかしいことがお好きな向きは、自分の名前を冠したアウォードを想像してみてください。ステッグマイヤー名倉賞……こうして書いてみただけで顔から火ィ出そうです。ひぃぃぃー、恥ずかしいぃー!!
5月27日(木曜) 深夜
伏見のほうに引っ越して以来、ポケットティッシュを自前で買っている。
四条河原町の界隈に住んでいた頃はそれなりに都会だったので(といっても所詮は京都だけど)、街を歩けば毎日のようにティッシュ配りが行われていて、そりゃあもうポケットティッシュ・バブルとでも言うべき暮らしを無料で謳歌していたのだった。大漁の日などは一日で4つ5つと入手していたのを昨日のことのように思い出す。
それだけに、持参のポケットティッシュといえば消費者金融もしくはカラオケ屋のものと決まっていた。自前の純正ティッシュを使っている知人を見るたびに、うわーハイクラスな人だ! と密かに劣等感を抱いていたのだった。
しかし、ローカルな伏見に引っ越すと状況は一変。近所を歩いていてもティッシュ配りなど皆無なので、これまでの備蓄はアッという間に底をついてしまった。
ときどき四条河原町のほうに出向いたときなんかにティッシュ配りを見つけると、絶対もらい損ねないよう、前を歩く人との間合いを鬼気迫る表情で微調整しながら入手していたのだが、数週間に1個か2個ではとても追いつかないんである。
そんなわけで、気がつけば自前の純正ティッシュを使う立場になっていたわけでありますが。
今度は、ティッシュ配りでもらうポケットティッシュを使っている知人を見るたびに、うわー都会の人だ! と密かに劣等感を抱いている自分がいて。
どんなときも隣の芝は青く、隣人のポケットティッシュはまぶしいというお話でした。あまりにもスケールの小さい話で、我がことながら物悲しい気持ちになってまいりますけれども。
イチロー選手なんかも意外と、こういったことで日々悩んでたりするんでしょうかねえ。同い年だし。
5月25日(火曜) 深夜
いま住んでいるマンションは、ゴミを管理業者が処理することになっている。
京都市指定の有料ゴミ袋を使わなくていいので、当初はやったーと思っていたのだけれど、今月からルールが変わって、「透明なゴミ袋に入っていないものは処理しません」ということになってしまった。
ルールはルールで、不透明な袋に入っているゴミは本当に持って行ってもらえないのだ。
…というわけで、いったんスーパーの袋に入れたゴミを再度、透明な袋に包んで出している始末(こうすればちゃんと持って行ってくれる)。
まるで不条理コントのようなのだけれど、住民のみんながとくに文句も言わず、こんなルールに従っているのがちょっと楽しい。ぼくもその中の一人ながら。
5月24日(月曜) 深夜
週末はしこたま天ぷらを作って、しこたま原酒を飲んで、しこたま寝たら終わりました。
ちなみに原酒というのは、近所の直販店(富翁)の地酒で、量り売りしてくれるのでもちろん一升購入しています。
この直販店というのがまた商売っ気のない店で、頼んでもいないのに大きなぐい呑みで3種類も4種類もくらい試飲させてくれたり、景品としてカップ酒をくれたりするんですが。
地酒の銘柄によっては醸造アルコールが添加されていることに気づき、どうしてなのか理由を尋ねたところ。
「アルコールを入れることで、ぼんやりした風味をシャープにするというのと、あとアルコール加えたらそれだけ量が増えまっしゃろ。かさ上げですわ」
…確かにそうなのかもしれないけれど、ここまで赤裸々な話を聞きたかったわけじゃなくて。商売っ気なさすぎです。
5月21日(金曜) 深夜
いつも読んでいる個人ブログや個人サイトの多くが、近ごろあまり更新されなくなってちょっとさみしい。
でも考えてみれば、どんな現象だって、多く見られるようになれば立派なブームだ。
最近のマイブームはブログを更新しないことで〜す! とか、全国的なサイト放置ブームが訪れております! とか。
この日記も少しずつ、ブームに乗じつつありますので、ある程度のトレンディーさを保っておると愚考しております。
−−−
全然関係ないですが、いま住んでいるマンションの鉄筋から時折、「メリメリッ!」とすごい音がするのでびっくりします。
風水によれば「幸せを呼ぶ良い兆候」らしいんですが(ウソです)、世の中いろいろ刺激的です。
5月20日(木曜) 深夜
本日のズッキーニです。
野菜が安いので足しげく通っている近所のスーパーにて。
奥から順に、ししとう100円、伏見甘長とうがらし298円、万願寺とうがらし298円、ズッキーニ100円というラインナップ。とりわけお買い得なのは、1本100円のズッキーニである。よっしゃ!!
…と喜び勇んで駆け寄ってみたところ、
このスーパーでは、ズッキーニは青とうがらしのことでした。
まァどちらも野菜なので、いちいち目くじら立てるほどのことじゃないのかもしれませんが、期待させられてから落とされるというのは、いつの歳になってもこたえるものですな。落胆のあまり、帰りになぜかコロッケを買ってしまいました。
5月18日(火曜) 深夜
人類は地球上にはびこる害虫のような存在だ。…みたいなことを言う人がいて、ときどきゲンナリさせられる。
いやまァ、べつに何を言ったっていいのだけれど、害虫というのはあくまで人間にとって害があるからそう呼ぶのであって、人間がみずからのことを害虫扱いするのはあまりにも本末転倒だろう。
それに、じゃあ地球にとって人類は害なのかというと、そういうものでもない気がする。
人類が化石燃料を燃やしたり、放射能汚染を引き起こしたりしているのは事実としても、それが本当に「自然破壊」かというと難しい。惑星なんて当初は大気もなく放射能だらけの宇宙空間だったはずだし、その次に現れた原始大気はほとんどが二酸化炭素だったと聞く。
地球にとってみたら、「以前はせっかくスッキリした姿やったのに、海藻やら植物やらがはびこったおかげで、大気やらオゾンやら鬱陶しいもんを身にまとうハメになってもうたんやっ!」みたいな話かもしれないではないか。
ぼくだってべつに本気でこんなこと思ってるわけではない。エコのことを考えるのもそこそこ大切だと思っているつもりだ。
ただ、「人類は害虫なんだよ!」みたいな自己批判をして、なんとなくみんなより高いところから物事を見渡しているような雰囲気を醸し出そうとしている人たちには、心のカメムシを彼らの自宅に郵送したいような気持ちになってくるのでありました。
まァ、ひとくちで言うと同類嫌悪なのかもしれませんが。
5月17日(月曜) 深夜
本日の1239段です。
ものすごく位が高いのかといえばそうではなく、9段なわけですが。
加藤一二三さんにも4段時代があったはずで、当時は「加藤一二三四段」という冗談みたいなことになっていたんでしょうな。
−−−
先日、「ブイヨン」という名前の犬がテレビに登場していた。
「ブイヨ〜ン!」と呼ばれると尻尾をふって飼い主に駆け寄る愛くるしい子犬だったのだが、ブイヨンといえば肉汁スープのことである。言ってみればこれ、自分の名前に「ポシンタン」と付けられているようなもので、まるで将来煮込まれる前提みたいでなんだか可哀想だ。
ポシンタンという名前の犬が実際にいたら驚くけれど、略して「ポシ」とか呼んでいたら、周囲の人も全然分からないだろう。
「ポシ〜、こっちおいで〜!!」
「ワンワンッ!」
5月14日(金曜) 深夜
世の中にはいろんな宗教があって、いろんな神様仏様が存在する。
どの神様仏様も、万事を卓越していたり、全知全能だったり、悟りに達していたりして、一言でいうとすごい。宇宙スケールですごいと心から思う。すごすぎて、ぼくのような凡人にはなにがどうだかよく分からないくらいである。
ただ、それだけすごい存在なのに、どの神様仏様も、人類にだけ罰とか試練とか助けとか赦しとか、いろんなことをチマチマお与えになるのが不思議でならない。卓越して全知全能で悟りに達しておらえるような存在であれば、人間なんかにそうそう構ってられないんじゃないだろうか。もっとドーンと構えておられてしかるべきではないだろうか。
人類が核戦争を起こしたところで、天のうえの神様仏様はちっとも興味なくて、「あ、そう。それより昼寝がしたいわい」みたいな反応かもしれないし、本当に全知全能であればこそ、そういった卓越した態度でいらっしゃるような気がするのだけれど。
ぼくがもし新興宗教を立ち上げるなら、こんな風にしたい。
「我らの神は、人類のことなんてどうでもいいくらいスケールが大きいのであります! ですから、いくら祈ってもお布施しても、なーんにも変わりません。そのくらいすごい我らの神を、ともに信じましょうぞ!!」
…やっぱり、なんらかの形で自分の得になる神様仏様でないと、誰も信じてくれませんかねえ。
5月12日(水曜) 深夜
ブログに乗り遅れたかと思えば、ツイッターにも完全に乗り遅れて、気がつけば周囲のほとんどがツイッターしてる。
漠然とした悔しさがあるのは事実で、恥を忍んで言うと、そのせいで依怙地になっていまだに登録してないという面もある。その一方で他の人のツイッターはちょくちょく拝見していて、平成っぽく言うと、いわゆる「リード・オンリー・メディア」ってるわけだ。
ただ、もしツイッターに登録したら、「〜なう」っていうやつを是が非でも使いたい。誰しもが一度は考えることかもしれないが、なんでもかんでもギャップ狙いで「〜なう」と申し伝えたい。
こんなこと言ってるくらいだったら、すぐ始めりゃいいのに。…と思うも一向にしないフットワークの重厚さのおかげで、いろいろ人生しょうもなくなってる気がします。
そんな気がするのですなう! 高校生の頃、ブランドの"NAUTICA"をナウシカと読んでましたなう!!
5月11日(火曜) 深夜
買う気もないくせに物珍しさだけで、3Dテレビを一目見てみようと近所の電器屋に。
足を運んでみたら期待通り、3Dテレビがうやうやしく展示されていた。
そのままで見ても画像が二重にブレて、自分の眼が乱視になったかのような感覚なのだが、備え付けの専用メガネを装着すると立体になって見えるらしい。
さっそく試してみたところ、たしかに映像が飛び出してくる感じがあっておもしろい。ステレオ写真にあるような、立体物が平面っぽくペラペラしてしまう違和感もないし、予想以上に自然な立体感である。
で、せっかくなのでこの画をデジカメに納めておこうと思い立ち、専用レンズ越しにシャッターを切ってみたのが下の写真。ババーン、これが3Dテレビの世界ですっ!!
…己の莫迦さ加減に気がついたのは写真を撮ってからでした。デジカメで撮った画像が立体的に見えたら、3Dテレビなんて要らしまへん。
5月10日(月曜) 深夜
突然イカが食べたくなり、スーパーで生スルメイカを衝動買い。
ちょうど小芋が余っていたから煮物にしようと考えて帰宅し、台所でイカをさばこうとして進退窮まってしまった。
普通の煮物にすべきか、ワタ煮にすべきか!?
新鮮なイカなら墨とワタを入れて煮ると滅法美味しいのだが、古いイカだと墨やワタがいたんでいる場合がある。今日買ったイカは値引き品ではなかったし、そこそこ新鮮そうだったのだけれど、自分の「イカを見る眼」にまったく自信がない。これが新鮮なのか古いのか、正直よく分からないんである。
ワタ煮にしたほうがなんともいえないコクが出て旨い。でも、いたんだワタを入れてしまうと台無しになってしまうし、ワタを入れない普通の煮物でもそれなりには美味しい。ハイリスク・ハイリターンを取るか、ローリスク・ローリターンを取るか!?
…こうしてすっかり固まったまま思索すること十数分。まな板に常温で放置していたらそれこそイカがいたんでしまうことにふと気づき、ああもうどうにでもなれ!! とばかりに作った結果は案の定、ワタを入れない普通の煮物でした。己のキンタマの小ささを再確認した本日。
今度こそ、死ぬ覚悟でワタ煮を作ろうと思います。
5月7日(金曜) 夜
このまえ実家に帰ったときの写真を何枚か。
母が最近、乾燥剤を貯めはじめました。理由はやはり「いつか使えるかもしれんやろ」とのこと。乾燥剤ってこんな風に置いてたら、部屋の湿気を吸ってハイ終わりな気がするんですが、なんとなく言い出せませんでした。
専用の郵便物入れが台所に出現! 蓬莱551の紙袋を用いてるのは、きっと赤くて郵便局っぽいからでしょう。家族しか使わないのに「郵便物入れ」と書いてあるところが、我が親ながら素敵です。
趣味でクラフトを始めたらしく、手製のマグネットがいくつか登場。木片にマジックペンで顔を描いていあるようなのですが……あまりにプリミティブな表情に、これまたクラクラさせられます。
5月6日(木曜) 深夜
たいていのことは携帯電話で調べられる時代になってきた。
たとえば何人かで喋っていて、「ところで万引きの語源ってなんだろうねえ」といった話題になったとして。その場の誰もが答えを知らないとき、だいたい一人くらいは携帯サイトで調べて報告してくれたりする。
「万引きは商品を間引いて盗むことから、「間引き」が語源で撥音「ん」が入ったんだって。ちなみに、万引きの『万』は当て字らしいよ」
なかには見栄を張って、いかにも答えを知ってるような素振りをして、トイレかどこかでこっそり携帯サイトを見てくる輩もいるんではないか。「万引きの語源、みんな知らないの? そうなんだー。じゃあオレ、ちょっとトイレに行ってくるから、そのあいだにみんなで考えてみなよ!」とか言って。
携帯さえ持っていれば、みんな歩く辞典である。歩く辞典の価値って、この先どうなるんでしょうねえ。
5月5日(水曜) 深夜
ゴールデンウィークは大阪・鶴橋界隈で飲み呆けていたため、全くと言っていいほど更新できませんでした。
一度も更新してないので、全くと言って全く構わないんですが、「全くと言っていいほど」と書くと、ちょっとは更新したみたいな感じになるのでいいですね。
−−−
鶴橋で撮った写真でも。
京橋駅にて。中年男性がトランクケースを広げて「手芸用品各種、100円均一!」と頑張るも、買う人は全くおらず。
メタリカならぬモリシマ。よほどのメタリカファンなのだろう、最初の「M」と最後の「A」がメタリカと同じであることに気づいた森島さんの嬉しさがビンビン伝わってくる気がします。ただ、ここで髪を切ってもらいたいかどうかは微妙なところ。
エステティックサロン「豊満」。一瞬、風俗産業系の店かと思ったけれど、カネボウとあるから普通のエステなのだろう。痩身ではなく豊満!と言い切るところが、現代の過剰なダイエット志向ではなく縄文時代みたいで素晴らしいと思います。
鶴橋駅のガード下で売られていた「魔法の汁」。かけるとどんな魔法が現れるのかは書いてありませんでしたが、きっと戦争のない世界が訪れたり、料理に味がついたりするのでしょう。ぼくは魔法を信じないほうなので、買うのは控えましたけれど。
鶴橋でキムチをしこたま買って帰り、キムチチャーハン、チヂミ、韓国サラダ、キムチというラインナップで焼酎を飲みつくしました。鶴橋のキムチは滅法旨いのですが、買ったばかりのときは漬かりが浅く、むしろスーパーのキムチのほうが旨いくらい 。なのに一週間くらい待つというのがどうしてもできず、食べてしまって後悔というのがいつものパターン。