2005年1月のプチ日記

1月31日(月曜) 深夜

 めまいの薬の副作用に「めまい」って。

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 ところで赤痢菌は、志賀潔という学者が発見したので、別名「志賀菌」と呼ばれるらしい(正確には赤痢菌一種A群1型)。

 で、赤痢毒のことは、志賀菌が作る毒素だというので「志賀毒素」と命名されているんだと。

 科学の世界では、その名称に第一発見者の名が冠せられることがしばしばある。たとえば「ハレー彗星」の由来は、エドモンド・ハレーさんが見つけたからである。 それも本人の意思ではなく、本人が他界してから、その業績をたたえる意味でこのように命名されたという。

 惑星なんかでも、新たな星が見つかると、たいていその発見者の名前が付けられている。ロマンチックな話であることよ、と思う。

 ただ、細菌とか毒素とかの場合はどうなんだろう。こんな禍々しいものの呼称に自分の名が冠せられるのって、発見者として嬉しいものなんだろうか。

 志賀菌である。そして志賀毒素である。

 そういやぼくも小学生の頃、「名倉菌が伝染る!!」といって仲間はずれにされた経験がある。だがこのとき、「自分の名前が冠せられて嬉しい!」などとは決して思わなかった。ただただ、「こんな菌がいたら本当にイヤだな」と思ったのみである。

 こう考えると、新しいモノなんて、恐ろしくておちおち発見できやしない。油断すると自分の名前が付いてしまうのだ。

 「名倉包茎」

 こんなモノをうっかり発見してしまわぬよう(そして自分が死んでから勝手に命名されぬよう)、日々気をつけて暮らしてゆこうと決意した本日であります。

 

1月30日(日曜) 深夜

 昨夜は大文字山の山頂で酒盛りをしてたので更新できませんでした。

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 読者の主婦のかたからメールをいただいた。

 文面によると、そのかたはある日、ご主人がトイレに行った後、トイレットペーパーが全く減っていないことに気づいて驚愕したのだという。

 で、「あなたトイレの後、紙で拭いてないの!?」と問い詰めたところ、「おしっこの後は紙なんて使わないよ」という答えが返ってきて再び愕然としたとのこと。男の人は本当にみな、おしっこの後は紙で拭かないの!? なんて不潔なの!! …というわけである。

 この主婦のかたはさらに、「このまま知らずにいたら、将来男の子が生まれたら、おしっこの後も紙で拭くように教育していたところでした」と書いておられた。学校のトイレや公衆トイレでも、小用を足したら「マイ・ティッシュ」を取り出して先端を拭く。こんな子どもさんがいたらと思うと、確かに空恐ろしい話である。

 「男の人はトイレの作法を誰に教わるんですか?」との質問もいただいたので、お答えしておきましょう。

 ぼくは母親に教えられたので、子どものころ、「おしっこは(洋式トイレで)座ってする」ものだと思ってました。 座ってするのだと教えられ、さらに用を足したあとは「よく振って滴を落とすように」とも言われた。公衆トイレなどの「男性用小便器」は、オトナのためのものだと思っていた。

 なので、幼稚園に入ってもしばらくは、和式トイレの大便器に座って小用を足していたのだが、友達にビックリされて、以来「オトナの便器」を使うようになったような気がします。

 ちなみにウチの母親は、小用のあと紙で拭くようには教えませんでした。母親自身も拭いていないのかもしれません。「よく振って滴を落として」いる可能性大。

 

1月28日(金曜) 深夜

 会社帰りの道すがら、交通事故の現場に遭遇した。

 事故の瞬間は目撃できなかったのだが(…と書くと不謹慎ですね。すみません。幸いにも事故の瞬間は目撃できませんでした)、道路に群がっている野次馬の姿が目にとまり、何だろうと思って覗いてみたら事故の現場だったという次第。

 状況を見てみたところ、どうやら原付が自動車と接触して転倒、原付に乗っていたオバサンがそのまま路肩に投げ出されたらしい。付近にはバイクの破片やドライバーの手荷物が散乱していた。

 路肩に座り込んで太ももをさすりながらも「大丈夫です…」と気丈に答える原付のオバサン。幸いにも軽傷で済んだのだろうか。

 数分後、救急車が到着した。降りてきた救急隊員が手際よく担架を運び出してくる。「いや大丈夫ですから!」と言うオバサンに対して、「念のため病院で診てもらってください」と指示する救急隊員。

 観念したオバサンはようやく、自ら立ち上がって担架に乗ろうとした。…のだが、その直後、「あ、ちょっと待ってください!」と言いながら、路肩に散乱していた自分の荷物を回収し始めたのだった。

 いやまァ、自分の荷物なんだから回収するのは当たり前なのかもしれない。ただ問題は、飛散していた荷物の内容である。

 オバサンは結局、付近に散らばっていた白菜やゴボウ、ハッピーターンなどを両脇にかかえながら、救急車でピーポー運ばれていったのでありました。

 「白菜とゴボウとハッピーターンを抱えながら担架でかつぎ込まれる負傷者」

 命は大切だけど、それと同じくらい食べ物も大切なのだということを実感いたしました。ああ、ここは日本だ。

 本日の教訓: コメディーは映画の中で起こるんじゃない。現場で起きてるんだ!

 

1月27日(木曜) 深夜

 たまに友人が、我が家に遊びにくることがある。

 それはまァいいのだが、問題は彼が勝手にぼくのパソコンを起動して、ネットを見たりすることである。デスクトップ画面も恥ずかしいが、ブラウザの「お気に入り」を開かれたりしたら、それこそ人間性にかかわる問題が生じかねない。

 そこでこちらも一計を案じた。やばそうなブックマークについては、登録名をあらかじめ「マジメそうな名称」に変更しておくんである。これなら興味を抱いて見られることもないだろうし、おまけに「名倉って意外にマジメなのな」と敵を尊敬せしめることもできる。よっしゃ、これやがな!

 どうだろう。ざっと見渡しただけで、ぼくがいかに高尚な生活を送っているかが分かるだろう。実際にクリックされたら一巻の終わりであるが、なるべく興味をそそらなさそうな名称にしたので、きっと大丈夫だろう。

 皆さまもよければ、是非お試しになってください。

 …と書いていて気づいたのだが、これって実家に住んでた頃、エロチカビデオのタイトルに「黒澤明作品集」とか書いてたのと全く同じである。で、興味を持った父親が家族の前で再生してしまい、場が凍りついたことがあったのだった。

 時代がインターネットになろうがブロードバンドになろうが、人間の本質なんてそうそう変わらないものであることよ。

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 ちなみに、我が家の本棚はこんな感じであります。

 洋書だとか、論文だとか、生きがいの本だとかの著書ばかりですな。

 …この写真を撮るために本棚を整理していたら、買ったけど読んでない本が何冊もあることに改めて気づきました。

 

1月26日(水曜) 深夜

 ニュース番組で突然、シャラポワ選手の映像。

 悔しいけどつい見てしまう。テニスなんかちっとも興味ないのに見てしまう。ちくしょう。

 これもぜんぶ、あらわな二つの突起のせいだ。カーナビでテレビ見ながら運転してる人とか、けっこう事故ってるんじゃないか。

 折衷案好きなぼくとしては、片方だけブラジャーするのを提案したい。

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 ところで現在、火星やら土星やらに探査衛星が届く時代になっている。

 で、「ひょっとしたら生命体が…」なんて期待がこめられたり、打ち砕かれたりしている昨今であるが、考えてみれば、到達地に生命体などいなくて幸いだったと言うべき だろう。

 もし現地に生命体がいたとしたら、先方にとっては「唐突にワケの分からない物体が降ってくる」わけだ。こんな迷惑な話はない。

 逆の場合を想像してみるといい。ある日、余所の星からの探査惑星があなたの家に突っ込んできたらどう思うだろう。一瞬にして瓦礫の山と化したマイホームを前にして、ただ唖然とするか、怒りにかられるか、それとも激しくションボリするかのいずれかではあるまいか。

 賠償請求しようにも、相手が異星人とあっては甚だ心もとない。おまけに、お詫びの印にと異星人からプレゼントが届けられたと思ったら、向こうの星では非常に貴重な物質「二酸化炭素」だったりしたら。炭酸ガスが詰まった袋を前に、ただただ茫然と立ち尽くすしかない。

 だったらせめて、衛星探査機のボディに、あらかじめ大きくペイントしておくべきではないかと思うのだ。どうせ言葉など通じないだろうけれど、大切なのは誠意である。日本語で堂々と書けばいい。

 「本来なら事前にご挨拶を申し上げるべきところ、突然にお伺いした無礼をどうかお許しください」

 このように書かれた衛星探査機が宇宙に打ち上げられてこそ、我々は心から異星探査を楽しむことができるのである。

 

1月25日(火曜) 夜

 さっきテレビを見てたら、風呂や温泉に入る前に酒を飲むのは危険だと紹介されていた。

 アルコールの利尿作用によって血液が濃くなった状態で入浴すると、血小板などの血中成分が凝固して脳梗塞を起こしやすくなるんだとか。

 自分の身を振り返ってみると、酒を飲むと風呂に入るのが面倒になるので、たいていそのまま寝てしまう。このことを同僚に話すと、「汚ーい!」「あっち行って!」などと言われて今まで心外な思いをしていたのだが、考えてみれば至極道理にかなった行動だったわけだ。

 温泉旅行にでかけたときも、夕方からしこたま飲んで酔っ払い、けっきょく一度も温泉に入らないまま帰ってくることが多かったのを思い出す。同行の面々からは「何のために旅行してんだよ?」と呆れられたが、改めて考えると非常に健康的な行動だったと言える。ぼくは誰よりも賢明だったわけだ。

 ちなみにこのテレビ番組では、「海外旅行先で川魚の刺身などを食うと寄生虫にかかりやすい」とも紹介されていた。

 再び自分の身を振り返ってみると、海外旅行に行ったときも、肴もロクに食べずに飲んでばかりいたものだった。おまけに翌日は二日酔いで、ずっと宿で寝ていたりした。これなら寄生虫にも当たらないし、観光中の事故にだって遭わなくてすむ。

 君子危うきに近寄らず、という言葉を噛みしめております。君子はずっと自宅にいるものなのだ。

 君子になるための近道は「引きこもり」である。我が意を得たり!

 

1月24日(月曜) 夜

 アパートに帰宅したら、下の階が妙に騒々しかった。

 「ガッターン!」と物を投げるような音、そして「わァー!!」と叫び声。

 いったい何事かと思って耳を澄ましてみたら、どうやら階下のカップルが痴話げんかで大騒ぎしているようだった。

女:「そんなこと知らんわよっ! アンタが先に言ってきたんでしょっ!」
男:「だったらオマエがやりゃいいじゃねえかっ!!」
女:「もーーっ!!」(ガッシャーン!)
男:「イイカゲンにしろっ!!」

 くっそー、うるさいなァ。どうにかして静かにしてもらえないものか。

 といって、苦情を言いにいったりしたら気まずくなりそうでイヤだし、こんなことで管理会社に連絡するのも気がひける。こうなったらいっそ、階下に向けてアダルトビデオを大音量で流してやろうか。

女:「そんなこと知らんわよっ! アンタが先に言ってきたんでしょっ!」
男:「だったらオマエがやりゃいいじゃねえかっ!!」
  (アア、ダメ〜ん! アアン、アアンッ、欲しくなっちゃうーー!)
  (どうだ、これが欲しいのかっ!! おうっ!)

女:「もーーっ!!」(ガッシャーン!)
  (アアアーッ ダメーーッ イッちゃうよー!!)
男:「イイカゲンにしろっ!!」
  (アアーッ へんなの出ちゃううーー!!)
男:「……」
女:「……」
男:「なんか…上の階から聞こえない?」
女:「うん、聞こえる」

 これで戦意喪失してくれないものか。平和的解決。

 

1月23日(日曜) 夜

 本日のキリンさんです。

 通りすがったビルの解体現場にて見つけた一匹。このキリンさんは轟音をたてながら、猛々しく首を振って、建物の鉄筋コンクリをバリバリ破壊しておられました。まことに素敵な光景です。チビっ子たちに「これがオトナのキリンさんだぞー」とか言って見せてやりたい。

 それにしても、ブルドーザーにキリン柄のペイント。おそらく「荒々しいイメージを少しでも緩和しよう」という目論見だと思われるが、両者のギャップが大きすぎると、単に「よく分からないもの」になってしまうんではなかろうか。

 トマホークミサイルにもコアラ柄を! アパッチ戦闘ヘリにも「しいたけ」ペイントを!

 しいたけヘリコプターに撃たれて亡くなるイラク人の方々を思うと、ますます胸が痛みます。

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 さて本日、某ポータルサイトに連載しているコネタ記事がアップされております。

 今回のタイトルは「親知らずの抜歯手術レポート〜歯茎の増殖過程を追え!」。 先月に受けてきた、親知らずの抜歯手術の模様をくわしく報告しています。抜歯前後の画像や、レントゲン写真、そのとき食べた食事などなどなど。これから親知らずを抜こうという方々には参考になるかもしれません。

 出血してる写真などは、マウスクリックしないと見えないよう工夫しているので(初めはイラストが表示されます)、グロいのが苦手な方も大丈夫かと思います。よければ、ご覧いただければ幸いです。

 

1月22日(土曜) 深夜

 とりたててすることもないので、強迫神経症についての本を読んでました。人の狂気はやっぱりおもしろい。

 で、症例のひとつとして、次のような患者が紹介されていた。

 体を震わせながらギョロ目ひん剥いて、地獄のような形相で「ハローゥ、ベイビィ〜!」とか「クレイジィー!!」とか叫んでいるんだろうか。こんなことしてるほうが、よっぽど「不吉なコト」が起こりそうであるが、莫迦げてると自覚していてもやめられないのが強迫神経症の哀しい性なのだろう。

 ちなみにぼくも、「自分の太ももを指先で数回、コツコツとタッピングしてしまう」という性癖(多発性チックのひとつ)を持っております。普段は周囲にバレないよう、机の下などでこっそりやっているので、それほど困ってはいないんでありますが。

 いつかぼくも「オジー・オズボーンの真似をしないと居ても立ってもいられない」体質になったら… と思うと恐ろしくて仕方ありません。

 今でこそ現役を退き、ほのぼのパパとして鳴らしているオジー・オズボーン氏だけれど、やはり恐るべき人なのだと再認識しております。

 

1月21日(金曜) 深夜

 金曜日の夜って嬉しいなァ。一人で宅飲みしております。

 明日のことも考えなくていいし、夜更かしも存分にできる。毎日が「パーマネント・バケーション」だった学生・院生時代には決して味わえなかった、この開放感。就職してヨカッタと思うひとときであります。

 …とか言ってて、本当は毎日がバケーションのほうが嬉しんですけれども。

 仕事してると暇が恋しくなり、暇してると仕事が恋しくなる。まァぼくなどは、きっと無難な人間なんでしょう。

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 昨日からちょっと風邪気味で、「鼻がつまってヒューヒュー音が鳴る」身体になってしまった。

 息を吸えば「ヒュールルルゥ…」、息を吐けば「ゴーオォォ…」。これほど情けないものはない。

 だってそうだろう。

 たとえば高倉健さんがインタビューに応えていたとして。質問の合間に、健さんの鼻から「ヒュールルルゥ…」なんて音が聞こえてきたら、それはもう企画自体が丸つぶれではあるまいか。

 ある意味ユニークさで知られる石原軍団の面々だってそうである。渡哲也先輩や舘ひろし先輩が特集番組なんかで「決めゼリフ」をかました直後、鼻腔から「ヒュールルルゥ…」なんて音がしたら、周囲は一体どう反応すればいいというのか。これはもう、人工肛門を凌ぐタブーである。

 そして本日。鼻がヒューゴーいってるぼくは、契約先へのプレゼンを行うことになってしまいまして。

 以下は自分が可哀相すぎるので、ここには書きません(具体的な商談は公に書けないというのもあるんですが)。

 いいんだ、こうして契約が減れば仕事も楽になる。低業績・低給料がぼくには向いている。

 

1月20日(木曜) 夜

 知人のFさんが先日、ひどい下痢に襲われたらしい。一日になんどもトイレに駆け込む生活。

 「ノロウイルス流行中」のニュースが飛び交う昨今、心配になったFさんは、近所の診療所にいって診てもらった。

Fさん:「ひどい下痢が続いてまして…」
医者:「とりあえず胃腸薬飲んで様子みてください」
Fさん:「あのう先生、ノロウイルスとかじゃないですよね」
医者:「そりゃ分からないけどねえ。検査やってみます?」
Fさん:「やってくださるんでしたら是非!」
医者:「ただ、検査に2万円くらいかかるんですよ。いいですか」
Fさん:「えっ…」

 判定するのに2万円である。3割負担としても6千円。

 これでノロウイルスじゃなかったらがっかりしそうだし、もしノロウイルスだったとしても、健康な成人だと2日ほどで軽快してしまうらしい。検査結果が出るころには治っているんである。こんな検査、確かにだれも受けやしないだろう。

 Fさんも結局、受けなかったそうです。ちぇっ。受けてくれてたら莫迦にできたのに。

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  さて本日、Go smoking に書いている連載コラムが更新されてます。

 今回のタイトルは「やってしまった!」 。お酒の席でタバコを吸って大失敗してしまったエピソードについて書いております。タバコって、使い方によっては「全てを台なし」にしてしまう破壊力がありますねえ。

  よろしければ読んでいただけば幸いです。

 

1月19日(水曜) 深夜

 職場でパソコン作業(ネットワーク上のWORD文書作り)をしていたら、突然こんな警告メッセージが現れた。

 いきなり「予想以上」と言われても。

 だいいち、誰の予想なのか。ぼくらの予想してる時間なのか、マイクロソフトが予想してる時間なのか。それにパソコンだったら、おおよそどの程度の時間なのか教えてほしいものである。3分ほどなのか1時間ほどなのかも分からないようでは、こっちとしても答えようがない。

 でもまァ、とりあえず「はい(Y)」を選択してみたところ、パソコンはそのまま固まってしまわれました。「予想以上」とのことなので、しばらくじっと見守ってみたのだが、10分以上経っても固まったまま。これでは仕事にならないので、結局しびれを切らして再起動するハメに。

 処理が無理なら無理と、はじめから言ってくれ。それとも一週間くらいかかるのか。

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 …と書いていて思ったのだが、これって普段のぼくの行動とほとんど同じである。

上司:「この文書、明日までに作ってもらえるかね?」
ぼく:「データも多いですし、ちょっと時間がかかるかと…。それでもよろしければ」
上司:「ま、明日までじゃなくてもいいから早めに作っといて」
ぼく:「は、はい!」

一週間後

上司:「先週頼んだ文書、どうなってんの?」
ぼく:「あ…(すっかり忘れてた)。い、いま作ってる途中ですので!」

翌日

上司「昨日の文書の件だけど…」
ぼく:「あの、やっぱりどうしてもデータの処理方法が分からなくて…。後輩の○○に頼んでおきましたから、明日には完成します!」

 WORDも意外と、「こちら側の人間」なのかもしれません。俄然、友だちになれそうな気がしてきました。

 なぁ、ワードっち。こんど飲みにいこうな。

 

1月18日(火曜) 深夜

 職場の女性社員が雑談していた。

 「わたし最近、便秘気味で…」

 ぼくも少し前まで便秘気味だったのでシンパシーは感じるのだが、そてはさておき。

 女性社員たちの雑談に聞き耳を立てていてふと思うのは、「下痢のことを話すことには羞恥心があるようだけど、便秘についてはそうでもない」ということ。「もうビッチビチの水みたいなのが出ちゃって…」とは決して言わないが、「ここ3日くらいお通じがなくて…」てなコトは平気で口にしている気がするんである。

 ウンコを「どんどん出す」のは恥ずかしいが、「どんどん溜め込む」のは恥ずかしくないのか。便秘なんて言ってみりゃ、「私のおなかの中は大便でぎっしりですよ」と公言しているのと同じことだろう。どちらかっつうと、下痢してるほうが体内はキレイだと思うのだけれども。

 こう考えると男性も、「毎日オナニーしてるっす!」と触れ回っておくほうが清潔感をアピールできるかもしれませんな。「小生、余分な精液は溜め込んでおりませんゆえ!」という純潔さを周囲に知らしめるわけである。

 「オレ最近、エッチ方面とか興味なくて…」と豪語してる連中は、溜まってる精液の量を自慢する「新手のセックスアピール」か。け、穢らわしい!!

 

1月17日(月曜) 深夜

 また誕生日が来てしまった。いよいよ31歳になってしまいました。

 「こういう大人にはなりたくない」という人間にどんどんなっている現実を前にして、素で落ち込んでおります。

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 おかげでどうも気分が出ないけれど、本日購入したミネラルウォーターの賞味期限。

 2006年12月12日 17時28分ですか。

 もし、このミネラルウォーターを震災用とかに備蓄していたら、期限の数分前に無理して飲んでしまいそうであります。

 ところで水って、時間が経ったら化学変化とか起こすんだっけ? だったら世の中の水なんて、どれもこれも賞味期限済みだ。

 そこらへんの水を汲んで、「10億年前の水」とか銘打って売り出してみようか。これならJAROも怒るまい。

 

1月16日(日曜) 夜

 京都の裏道をぶらぶら歩いていたら、スズメの鳴き声みたいな音が背後から近づいてきた。

 チュチュン、チュンチュンチュン、チュチュン、チュンチュンチュン!

 うわ、なんだなんだ!? 

 びっくりして後ろを振り返ると、その音源は、不良っぽい高校生が乗ったママチャリだった。どうやらチェーンの接触が悪いらしく、ペダルを漕ぐたびにチュンチュンと、スズメの鳴き声みたいな可愛らしい音が鳴ってしまうのだ。

 この事実には本人も気づいているようで、周囲から視線を向けられるたびに、ドスの利いた目つきでにらみ返していた。その表情は、「いちいちこっち見んなやワレッ!」「いてこますぞボケッ!!」とでも言いたげだった。

 しかしスズメの鳴き声である。チュンチュン。いくら不良の高校生とはいえ、これでは威嚇もなにもあったものではない。まるでコントのような展開に、道行く人々はみんな、見て見ぬふりをしながら笑いをかみ殺しているありさま。

 不良の高校生もさすがにいたたまれなくなったのか、グッとペダルを踏み込んで、すごいスピードで立ち去っていった。

 チュチュチュチュチュンチュンチュンッ!! と、けたたましいスズメの鳴き声が周囲に響きわたりました。日本は平和だなァ、と実感するひととき。

 

1月15日(土曜) 深夜

 知人と喋っているとき、ぼくが「それって坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつじゃないの?」とコメントしたところ。

 相手からこんな返事がかえってきたのでした。

 「ところでさ、その、坊主憎けりゃ〜っていう言い回し? 慣用句? 前から意味がよく分からないんだよなー」

 なんのことかと思って詳しく尋ねてみたら事情は分かった。彼は今まで、この言葉を「坊主憎けりゃ今朝まで憎い」だと勘違いしていたのだった。確かに、これでは全然意味が分からない。

 「憎たらしい坊主がいたら、そいつのことが朝までずっと憎たらしいって意味なのかなー、と何となく思ってた」

 なんだそりゃ。ぼくも他人のことを馬鹿にできた人間ではないけれど、これはちょっとないだろう。「今朝まで憎い」んだったら、昼になったらもう憎さ忘れてるじゃないか。えらくサッパリした性格だとさえ言える。

【坊主憎けりゃ今朝まで憎い】
坊主が憎い場合があるが、その坊主が憎たらしく思えるのは朝までだという意味。昼になると忘れている。
転じて、あまり気にとめない性格の意味にも用いる。

 こんなの、どう考えたっておかしいと思うのだが、当の本人はとくに気にとめることもなく今まで暮らしてきたようなのだった。ぼくだったらとりあえず、辞書で調べたりしていただろう。

 彼こそ、「坊主憎けりゃ今朝まで憎い」性格なのかもしれませんな。

 

1月13日(木曜) 夜

 本日の救急車であります。

 「救急車」の赤文字が反転していたので、つい目にとまって写真に撮ってしまった一枚。なんで!?

 そういや店の看板なんかでも、通行客の目を引くために文字を反転させてあるのをたまに見かける。この救急車も同じく、周囲の人々に注目されたいがために、こうやって文字を反転させているんだろうか。

 でも、よく考えたら違う気がする。通行人の注目など浴びたって仕方ないんじゃないか。街中でピーポーピーポー言いながら走る救急車、ただでさえ野次馬から好奇の目を向けられて閉口しているはずではなかったか。

 …と、ここでようやく気がついた。走行中の車のバックミラーに写ったとき、ドライバーが「救急車」と読めるように配慮してあるんではないかと。「ミラーに写った文字が逆向きなせいで救急車と分かってもらえず、ドライバーに道を譲ってもらえない」事態を心配しているのだ。きっとそうに違いない。

 でもなァ。こんな小細工しなくても分かってもらえると思うのはぼくだけか。というか、ミラーに正しい向きで「救急車」と写っていたら、混乱したドライバーが後ろを振り返ったりして、余計にマズいんじゃなかろうか。

 そして。自分が危篤状態に陥ったとき、こんな救急車に駆けつけられるのはイヤでござる。

−−−

 関係ないですが、病院に勤めている友人に聞いた話。

 救急車って、運転するのに何の資格もいらないんだそうで(もちろん自動車免許は要るけれど)。

 ちなみに友人の病院では、看護師が運転することが多いらしいが、人手が足りないときは、そこらへんにいる事務員が救急車を運転しているんだとか。

 思い返せば小学生の頃、憧れの職業は「新幹線の運転手」か「救急車の運転手」だった。

 病院の事務員になるのがぼくの夢だったのか。

※追記: 気になって調べてみたところ。救急車には「緊急自動車の救急車」と「緊急自動車でない(民間病院とかの)救急車」と二種類あって、前者は運転するのに救急救命士などの資格が要るとのこと。でも、後者はとくに資格は要らないみたいです。

 

1月12日(水曜) 深夜

 交差点の横断歩道で信号待ちしているとき。

 眼前の信号はまだ赤であるにもかかわらず、車の行き来がちょっと途絶えると、無意識のうちに足がスーッと前に出てしまうことがある。普段からボーッとしているせいか、自分でも気がつかないうちに歩き始めているんである。

 で、猛スピードで走ってきた車のクラクションで、「うわっ!」と正気に返ったりしているわけですが。(考えてみれば危ない話である)

 最近おもしろいことに気がついた。

 こういう状況で、ぼくが無意識のうちにフラーッと前に進むと、周囲にいる何人かがつられて足を進めるのだ(もちろん赤の他人である)。直後、鳴り響く車のクラクションで、皆いっせいに我に返ってビックリする。…というのがお決まりのパターン。

 そうならないときも勿論あるが、数人でおしゃべりしてる連中などは結構な確率でつられてくる。会話に夢中なあまり、横断歩道の信号のことなど全然気にしていないのだろう。で、誰かが歩き始めたら、当然のように、盲目的に追従してしまうものと思われる。

 みんな心はよそにいっているのだ。そんな中、喋る相手がいないぼくは、心のどこかで「車の流れ」にだけは注意が向いている。その結果、車の流れがちょっと途絶えると、無意識的に歩き出してしまうという次第。知らないうちに「群れの先導者」になっていたんである。

 これをうまく利用すれば、完全殺人犯罪ができてしまうかもしれません。

 殺したい相手が傍らにいるのを確認したうえで、交差点に車が突っ込んでくる間合いを見計らって、フラ〜ッと前進する「ふり」をする。つられて歩き始めてしまった隣人は無事、車にはね飛ばされて即死いたしましたとさ。めでたしめでたし。

 …なんてことを考えて、自分を鼓舞していた本日でありました。ふふふ、小生は冷酷な完全殺人鬼。歯向かうヤツは皆殺しじゃ!!

 皆さまもよければ、ぜひお試しください。

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 ですから、「ちょっと散歩にでも行こうか」なんて誘いには決して乗っちゃあいけません。

 あなた、殺されますよ。 生き残る道は、信号をちゃんと見た上で左右確認することのみ!!

 …結局、なんだか交通安全協会の回し者みたいになってしまい、我ながら意気消沈であります。

 

1月11日(火曜)  深夜

 今日の今日まで、かなり恥ずかしい思い違いをしていたことが発覚。

 フリマ(フリーマーケット)って、"free market"ではなく、"flea market"のことだったのか!! 衝撃です。

 "flea"は「蚤(ノミ)」の意味だから、文字通り「蚤の市」である。ううむ、なるほど……。今までずっと、「自由な雰囲気のマーケットだから、"free market"」なんだと思ってました。

 念のためリーダーズ英和辞典で調べてみたところ、確かにその通りだった。

【free market 】
 <経済用語>  自由競争によって価格が決まる 自由市場。


【flea market 】
 <名詞>  ノミの市、古物市。[Flea Market] Paris 市北郊外の Porte de St. Ouen, Porte de Clignancourt に立つ ノミの市 (F March aux puces).
 

 そういや学生時代、ロックバンドやってる知人がよく"FREE MARKET"を開催していたけれど、これなども「自由経済市場」をやっていたわけだ。ものすごく当たり前なコンセプトである。「オレたちイギーポップとかにシンパシー感じるしさァ。やっぱ自由経済市場だと思うのな」

 いやまァ、"FREE MARKET"のほうが、ロックの莫迦さが体現されてるような気もするんですが。

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 ちなみに「蚤の市」の語源は、「蚤がたかってるような汚い品々が売られているからだ」という説が有力なんだそうで。汚ねー。

 …って、こんなこと、知らなかったのは小生だけですか。すみません。

 

1月10日(月曜) 夜

 『カンフーハッスル』を観に行った後、夕食にキャベツ炒めを食べた一日でした。

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 あと、CD-ROM用の収納ファイルを買おうと思って、電器屋の雑貨コーナーを物色していたら。

 目当てのモノはすぐ見つかったのだが、傍らに書かれている宣伝文に引っかかった。

 「この製品はCDやDVDはもちろん、次世代DVD(ブルーレイ・ディスク、HDDVD等)の収納にも対応しています!」

 …いやまァ、確かにその通りかもしれないけれども。

 次世代DVDがCDサイズを踏襲するのは、開発メーカーの意向や努力によるものだろう。それを「次世代DVDの収納にも対応しています!」なんて、まるでそれが「わが社の功績」のように自慢されても、なんだかなーと白けてしまうわけでありまして。

 とか言ってるぼくも、自宅パソコンの液晶画面がキレイだと来客にほめられて、ついつい「いやーそれほどでもないですよ」と謙遜してしまったことがあるんですが。自分の手柄じゃないんだから、てめえが謙遜するな莫迦! 厚かましいにも程がある! てなもんであります。

 

1月9日(日曜) 深夜

 昨日の日記(水洗トイレのお釣りに困ってる話)について、何人もの方から情報メールをいただきました。ありがとうございます。

 水面にあらかじめトイレットペーパーを浮かべてから用を足すと大丈夫なんだそうで。

 さっそく試してみたくて仕方ないのだが、便秘なので肝心のウンコが出ない。くそー。

−−−

 ウチのパソコンは、デジカメのメモリースティックをそのままパソコン本体に挿して読み込むことができる。

 …という話を職場でしていたら、これを聞いていた後輩が羨ましがりはじめた。

 「いいなァー。私のパソコンにはそんなの付いてないし。いちいち専用のリーダーを繋がないといけなんですよ」

 ちょっと可哀相になってきたので、とっさにフォローしようと小生、がんばってみたわけです。

 「あまり便利になると人間、退化してしまうしさァ。そのくらい不便なほうが恵まれてると思うよ。だから逆に羨ましいかもー」

 そしたら後輩から、鬼のような形相でにらまれてしまいました。「名倉さんってどうして、そういう言い方しかできないんですか…」

 なにをやっても裏目に出る人生であります。

 それはいいけど、食器洗い洗浄機が欲しい。ものすごく欲しい。猛烈に退化したい。

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 さて本日、某ポータルサイトに連載しているコネタ記事がアップされております。

 今回のタイトルは「世界にひとつの『オリジナルちょうちん』作り」。ちょうちん屋に行って、ぼくの希望通りのちょうちんを眼前で作ってもらった模様をレポートしております。

 作った赤ちょうちんは自分の部屋につるして、ちょうちんを眺めつつ酒を飲んでおる昨今であります。やはり、ちょうちんは素敵です。

 よければ、オリジナルちょうちん、ご覧いただければ幸いです。

 

1月8日(土曜) 夜

 ああ、もういやだ。本格的にいやになってきましたよう。

 …というのも、実はしばらく便秘気味なんでありまして。

 そのせいでウンコがころころウサギ状になってしまい、水洗トイレで用を足すたびに、落下した自分のフンから「お釣り」を派手に浴びてしまうんである。ポトンッ、バシャッ!! ポトン、バシャッ!! ああ、みるみるうちに臀部が水滴に染められていく!!

 おまけに、お尻を拭こうとしたら、予想外の場所に飛んでいた「お釣り」が手に付着してしまったり。ああ、ああ…。

 「お釣り」というのは言い換えればウンコ水である。不潔恐怖症の気があるぼくなどは、こうして用を足すたび半狂乱になり、ウンコ水の付着した手を思わずズボンで拭いてしまって、いよいよ人生に幕を閉じたくなってきたりしている次第でありまして。

 いや、これはセルフサービング形式のウォシュレットだと考えるようにしよう。

 本日の一句: トイレみな オレが使えば ウォシュレット

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 ちなみに今日、新しい靴を買いました(嬉しいので書いておく)。

 新しい靴に履き替えると、いままで何とも思わず履いていた旧靴が、まるでボロ雑巾のように見えてきますな。あれ、こんなにボロボロだったっけ? と。

 サイフなどは、この傾向が一層著しいですが。新しい財布に買い換えると、今まで使ってたやつが、まるで地獄からの贈り物のように思えてくる。

 

1月7日(金曜) 深夜

 職場の昼休み。

 同僚の女性が「パイの実」を食べていたら、上司が「そんなデカい耳クソみたいなもん、よく食えるな」と指摘していた。

 普通思ってても言えないことを、そのまま口にしてしまう心意気に乾杯!!

−−−

 全然関係ないけれど、お正月に実家に帰ったときのこと。

 ふと洗面台のヘアドライヤーを見たら、ジューダス・プリースト(メタルゴッドの異名を持つ洋楽ヘビーメタルバンド)のステッカーが貼ってあったので驚いた。ウチの実家は老夫婦が二人で暮らしているだけなのに、どうしてドライヤーにこんなステッカーが!?

 …と、ここでようやく思い出した。そういやぼくが中学生の当時、ヘビーメタルにかぶれるあまり、家のドライヤーにジューダス・プリーストのステッカーをこっそり貼り付けていたのだった。で、10年以上経った今も、それがそのままになっていたんである。

 普段はクラシックしか聴かない老夫婦のヘアドライヤーに、ジューダス・プリーストのステッカー。何も知らずにそれを使い続けているウチの両親。

 なんだか申し訳ないような、でも思わずほくそ笑んでしまうような、非常に複雑な心境になった一件でした。

 年老いたぼくの母親は今夜もきっと、ジューダス・プリーストのドライヤーで髪を乾かしているのだろう。メタルおかん。

−−−

 私信: S様へ

 昨日の日記に書いたK山君(5年以上ぶりに突然電話してきた)ですが。

 彼は学会員ではないものの、ミ○プルーンの愛好家だったのを思い出しました。

 すみませんウソです。私信にウソ書いてどうすんだ、この莫迦。

 

1月6日(木曜) 深夜

 さっき、見知らぬ電話番号から妙な電話がかかってきた。

 「もしもし。オレ。誰だか分かるよね?」

 誰なのかさっぱり分からないうえ、怪しげなオヤジの声だったので、思いっきり警戒して対応を進めたわけであります。オレオレ詐欺がうちにもおいでなすったのか!? だったらしばらく話を引っ張ってネタにしてみるか??

 ぼく:「えー、どちら様ですか?」
 相手:「ホントに分からないの? オレだよ」
 ぼく:「どちらにおかけになってます?」
 相手:「名倉くん…だよね?」
 ぼく:「あのう、どこで私の名前をご存知になりました?」
 相手:「え? ほら、ええと、○○高校で一緒でしたよね?」

 高校の同級生で「名倉くん」なんて呼ぶヤツも、「一緒でしたよね?」なんて敬語を使ってくるヤツも知り合いはいない。さては高校の名簿で番号を調べたか!? ぜったいオレオレ詐欺だよこれ!!

 そして、さらに慎重に会話を進めた。

 ぼく:「失礼ですが、あなたのお名前を教えていただけますか」
 相手:「K山と申しますけど。…名倉くんだよね??」
 ぼく:(確かにK山という友人はいた)「K山という知人はおりますが、今回はどのようなご用件で?」
 相手:「え、ほんとに名倉…やんな!? 一緒によくスキーとか行ったやんな??」
 ぼく:「あ……。K、K山かよっ!?」

 話を聞いてみれば、高校から大学時代までよく一緒に遊んでいたK山本人だったのでした。携帯電話をなくしてぼくの電話番号が分からなくなって以来、何年間も連絡をとれないままになっていたんだとか。で、今回はウチの実家に連絡して、ぼくの親から番号を聞いて連絡してきたらしい。

 結果的には誤解がとけてよかったのだが、K山いわく。「ここ数年で名倉、精神的におかしくなってしまったのかと思って焦ったよ」

 こっちとしては、数年ぶりの電話で「もしもし。オレ。誰だか分かるよね?」なんて言ってくる神経のほうがどうかと思うが、「普通に就職して結婚して外交的な性格で今でもスキーとかテニスとかしてる」K山のほうが、社会的には「まとも」になってしまうのがなんだか悔しい。

 そして分かったのは、いくら友人であっても、「こいつオレオレ詐欺じゃねえの?」という先入見で聞くと、どんどんそういう声に思えてくるということ。

 人間の感覚なんて、まるでアテになりませんな。

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 さて本日、Go smoking に書いている連載コラムが更新されてます。

 今回のテーマは「タバコの利」 。 あまりにも「そのまんま」なタイトルですが、今回は柄にもなく、「自律神経系の働きと免疫機能」いう観点から、タバコの長所について真面目に述べております。というか、先日読んだ本を紹介してるだけの話なんですが。

 よろしければ読んでいただけば幸いです。

 

1月5日(水曜) 深夜

 昨夜は、東京から広島経由で京都にきた知人と飲んでたので更新できませんでした。

 翌日朝から仕事なのに、深夜3時半まで飲んで泥酔。これは莫迦のやることですな。

 ちなみに酔っ払った挙句、「手書きチャット」などやっておったわけですが(下の写真は知人筆)。

 「晩」の字が間違ってるので、つい赤ペンを入れてしまいました(ちなみにこの人は大学院生です)。

 大学院への進学を考えている方々に、少しでもご参考になれば幸いです。

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 職場で女性社員と話していたら、洗顔についての話題になった。

 顔を洗うとき、世の女性たちは洗顔フォームなるものを使うようだが、男性はその限りではない。たいてい石鹸でそのままゴシゴシ洗顔して、ハイおしまいである。ふふふ、男は楽チンでうらやましいじゃろう?

 …てな話をぼくがしたところ、一斉に驚かれたので、こっちが驚いた。

 女性社員一同:「ええーっ、そんなの顔面がつっぱるでしょう!?」

 そんなもん決まってますやんけ。風呂から上がって顔面がつっぱってきたら、思い切り「ニッコリー!」と笑顔を作るんである。こうすれば、つっぱりなんて即刻で解決する。風呂上りには一度、満面の笑みを作るのが日課なのだ。

 世の男性たちはみんな、こうだと思いますよ。風呂から上がると一度、「ニッコリー!」して顔の肌を伸ばす。

 ひょっとして小生だけですか。

 

1月3日(月曜) 夜

 ああ、もう正月休み終わりなのか。せめてあと1週間くらい休みがほしいでやんすよ。

 …って、いくら休みが長くても、最終日になると「あと1週間」とか思うんだけれども。

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 でもヒマなので、年始バーゲンで靴でも買おうかとデパートに行ってみたところ。

 あまりの品数と雑踏に圧倒され、すっかり動揺した末、店員に訊ねてしまったのでした。

 「あのー、メンズ靴(ぐつ)ってどこになります?」

 やってもうたがな。メンズぐつ。それも「くつ」じゃなくて「ぐつ」になっちゃってるし。

−−−

 年末年始なると毎年、八百屋やスーパーの店頭に「祝い大根」が並ぶ。

 関西(とくに京阪神)では、雑煮にこの大根を入れる風習があるのだ。

 ただ、この祝い大根、どう見ても「単なる小さい大根」なんである。貧乏くさいことこの上なし。こんなものを「祝い〜」と言われたって、こちらとしては「だまされへんで!」と思うしかない。

 いやまァ、「角が立たないように」という縁起かつぎで、丸みのある食材(丸餅や小芋など)を雑煮に入れるという風習があるらしい。で、祝い大根もそのひとつとされているようなのだが、なにしろ「小さいだけ」である。売れそうにないモノを年末のうちに売ってしまおうって魂胆じゃないの? とついつい邪推してしまうわけでありまして。

 一本丸ごと切り残しを出さずに使いきれるから「角が立たない」のかもしれないけれど、それだったら、

 なんだってアリじゃないのか。

 ええと、小生のも「祝い肉棒」ということでひとつ、どうにかこうにか。…ならしまへんですか。

 

1月2日(日曜) 夜

 実家に帰ってました。

 正月なので、おせちとは呼べないまでも「それっぽい品々」が夕食に並べられていた。で、母親が自慢げに「これ数の子やでっ!」と言いながら、うやうやしくお皿を運んできたわけですが。(数の子であることくらい見りゃ分かるけど、それはさておき)

 

 いざ食べようと端をつけたら、再び母親が甲高い声を上げたのでした。

 「ちょっと待ち! その数の子な、横に並べてあるのは外国産やけど、縦に置いてるやつは国産で上等なんやでっ!」

 はいはい、そうですか。面倒なので「へー、そりゃすごいね」と生返事しながら食べてみたら、国産の数の子は飛び上がるくらいに塩辛かった。うげっ、なんですかこれは!?

 あまりにの塩辛さに絶句しつつも、そのことを母親に指摘すると、即座に答えが返ってきた。

 「上等の数の子やから、塩抜きしたら勿体ないと思うてな。どや、味ちがうか?」

 …自分は可哀相な家で生まれ育ったのだというコトを、正月早々から再確認させられてションボリであります。

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 実家からの帰り際、親が「これ持って帰り!」といって袋を持たせてくれた。中を見たら、柿ピー1袋と缶ビール1本だった。

 「こりゃ助かるな」と少し嬉しくなってしまった自分に、改めて哀しさを禁じえません。

 

1月1日(土曜) 夜

 明けましておめでとうございます。それにしても、酔っ払って書いた昨日の日記は見苦しいですな。

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 本日、ウチにも年賀状が届いておったわけですが。

 自分が出した年賀状は「某有名はがき作製ソフトのテンプレートをそのまま使う」という、かなり思い切って手抜きした代物だったので、誰かとカブるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたのだった。お互いまったく同じ年賀状を送り合うのはさすがにバツが悪いだろうなァと。

 だが実際に届いた年賀状を見てみたら、そんなことは全くの杞憂だった。みんなそれぞれ独創的な絵柄を工夫しているのだ。ソフトのテンプレートをそのまま使ったものなど一枚もなさそうである。

 ひょっとするとみんなは、テンプレートをそのまま使うなんて恥ずかしすぎて敬遠しているんだろうか。そんな中、ぼくだけがそのまま使ったものだから、結果的にカブらなかったものと推察される。ありがちなイラストすぎて、逆に目立ってしまっているような感さえある。

 そういや小学生のころ、夏休みの自由課題に、手抜きして「歴史年表」を作って持参したときも似たような感じだったのを思い出す。「歴史年表なんてきっと何人も作ってきてるだろうな」と心配して登校してみたら、こんなベタな課題をやってる奴は誰一人いなかったのでした。

 あまりにも典型的で平凡すぎるものって、周囲から浮いて逆の意味で「個性的」になってしまうのかもしれません。

 この日記もそのようなスタンスを目指して続けていこうと思っております。本年度もどうぞよろしくお願いします。

 


   2004年12月のプチ日記 

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