6月30日(水曜) 夜
最近、あまり時間がなくて部屋が散らかっている。
おかげで「洗濯済み衣類」と「これから洗う衣類」とが入り乱れてしまい、その判別作業のためにますます時間がなくなっております。ぼくは妙なところで潔癖癖があるので、一度使った衣服を再び着るのがものすごくイヤ なのだ。
シャツやズボンの類については、シワの寄り方でほぼ100%、洗濯済みか否かを見分けることができる。
が、問題はパンツや靴下である。素材的にあまりシワが寄らないので、外見だけでは判別が困難を極めるのだ。
においを嗅げば一発で分かるケースもあるが、そうでない場合のほうが圧倒的に多い。べつに見栄を張るわけではなくて、数日間放置しているとにおいが消失してしま うんである。
おかげでここ数日、靴下やパンツを嗅いで、使用済みか否かを判別する作業に追われておる次第でありまして。
生地の数センチまで顔を近づけて嗅いでみるも判別不能。ようし、こうなったらやむを得ない! 靴下の指先部分に鼻を押しつけてクーンクン。パンツのアヌス部分に鼻を押しつけてクーンクン。あ、ほのかに感じるよスメルを…。よっしゃ洗濯機行き! 判ってよかったー。
穿くのがイヤなばかりに、顔面を押しつけて嗅いでるぼく。
潔癖症というのはこういうものであります。キレイ好きって苦労が多いんだよねー。
こんなヤツは何をやったってダメだ。
6月29日(火曜) 深夜
職場にて、ウチの備品を他部署に貸す機会があった。
しばらく後、その部署の社員が備品を返しにやってきた。
「先日はおかげさまで本当に助かりました! ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
で、なかなか礼儀正しい社員だなァと思っていたらさらに、
「ウチの課長からも伝言がございまして…。ありがとう、とのことです!」
いやまァ、この課長はきっと、彼に「ありがとうって言っといて」なんて風にことづけたんだろう。ただ、彼は律儀すぎた。課長の言葉をそのまま伝えなきゃいけないと思うあまり、本当にそのまま伝えてしまったんである。
今後も他部署の課長の本音が聞けるのかと、ちょっと楽しみです。
いつの日か、「課長からの伝言がございまして…。そりゃそっちの仕事だろボケ! とのことです」 なんてことになりそうな予感。
−−−
ちなみに備品を返された後、上記の社員にはこう言っておきました。
「こちらこそお力になれて嬉しいです。今後も何かあれば遠慮なくお申し付けいただければ幸いです。…って課長に伝えといてもらえます?」
彼はメモを取りながら、「了承しました!」と力強く答えてくれました。ああ、言葉にものすごく気を使うぜ!!
6月28日(月曜) 深夜
ハイチオールCを飲んでいるせいか、最近、唇が荒れなくなってきた。
嬉しいので同僚にも自慢したら、即座に返されてしまいました。
「夏場は湿気が多いからじゃないの? オレだって最近、唇荒れなくなってきたよ」
むっかー。こうなったら冬まで飲み続けて、それでも唇が荒れないことを見せて反論してやろうか。
でも、こんなことしても相手はすっかり忘れているか、せいぜい執念深さを不気味がられるのがオチだろう。
ますます、むっかー。こんなことに腹を立ててるほうが「負け」だと思うと、ますますますます、むっかー!!
−−−
考えれば考えるほど腹が立つので別の話題に。
がんばって若向けの洋服を買うと、たいて周りからダサいと言われる。
どうしてだろうと考えていたらふと思い当たった。ぼくが選んでいる「若向けの洋服」は「いま流行っている服」ではなく、「自分が若かったときに流行っていたような服」なのだ。これで若返ったつもりになっていたのだが、考えてみたら、ただ単にオールドスタイルなだけである。
変に選り好みするとダサくなる。ふつうに店に売ってあるのを買うことにします。
立腹をやっつけるにはションボリするのが一番です。ああ、ションボリした!!
6月27日(日曜) 深夜
バーゲンで500円のTシャツ購入。綿100%なのが頼もしい。
嬉しいのでさっそく着ております。今夜はこれ着て寝ることに決定。ウキウキ・ウェイクミーアップ!
−−−
銀行の通帳などは「ひみつ箱」に入れて保管している。
万一ドロボウに入られても分かりにくいよう、意外な場所に工夫して隠しているわけである。
今日、ひさしぶりにこの「ひみつ箱」を開けたら、家のスペアキーが入っていた。そういや以前、「空き巣にスペアキーを盗まれたら大変だ」と考えて、ここに入れておいたのだった。
自分の莫迦さ加減にただ唖然としております。
空き巣に入った泥棒が部屋のスペアキーを見つけて、「やった! これで部屋に入れるぞ!」とガッツポーズ。…するわけないだろオレ。
ぼくは冷淡な性質なので同情とかあまりしないほうなんですが、今回ばかりは自分に同情を禁じえません。ああ、かわいそうに!!
6月26日(土曜) 深夜
酒飲みながらエヴァンゲリオンのビデオ見てたら一日終了。
全部見終わっての感想は、「おもしろかったけど、人間に心があることをよくここまで特別視できるなァ」。なんたって、心の壁がミサイルを防ぐバリアになったり、精神エネルギーが核爆発みたいになったりするんである(これを言えばまァ、かの『鉄男』とか『AKIRA』とかもそうなんだけど)。
個人的には、人の心なんて「脳の進化に付随して現れた現象」に過ぎないし、とくに不思議でも神秘的でもないと思っておりますもので。このへんの温度差がエヴァンゲリオン作品に違和感を抱いた一因なのかなァと。
人生の意味とか言っても、そもそも生命だって単なる自然現象のひとつに過ぎないと思うし、ぼくに分かるのは「人間は人生の意味とか考える剰余能力を獲得しているのですな」ということのみ。剰余能力があれば、そりゃまあいろいろ余計なことも考える(この日記も正にそうだ)。
…ああ、酔うとマジメなこと書いてしまうので恥ずかしいですな。
というか、今頃になって真顔でエヴァ評論している人などほかにいるんでしょうか。失笑。
−−−
酔っ払って書くと莫迦をさらしてしまいそうなので、今日はこれで失礼します。酔うと中学生くらいに返る気がする。
6月25日(金曜) 夜
気がつけば自宅で一人、「踊るぽんぽこりん」を口ずさんでいる自分。
−−−
さて、いろんな記念日が林立している昨今でありますが。
8月5日は「ハコの日」。段ボール箱工業組合が設立した記念日らしい。
それにしても「ハコの日」。我々はいったい、何をどうすればいいんだろう。家族団らんに生かせというのか。
父:「…ところで今日は特別な日なんだよ」(夕食時にビール飲んでゴキゲンな顔で)
母:「え、なんですか?」
娘:「パパー、何の日なのー?」
父:「ふふふ、8月5日はハコの日!!」
母:「はァ!?」
娘:「わーい。ハコの日だあー。パパ、なにかくれるのー?」
母:「私にもなにかしてくださるの?」
父:「そういう浮かれた日ではないんだよ。あくまでハコをね、こう純粋に…」
娘:「パパー、なにくれるのー?」
母:「ほら、美保子も騒いじゃってるじゃない。どうするのよ」
父:「…ようし! ほうら箱だ! これが箱だぞっ! どうだっ!」
母:「あなた大丈夫? お酒はほどほどにしといてくださいよ」
父:「何を言うか! 箱は便利なんだぞー。ティッシュだって、箱に入ってなきゃ大変なことになる。ビールもう一本!」
母:「美保子、こんなオトナにだけはなっちゃだめよ」
娘:「うん」
父:「こりゃうまいね。箱の日だけに、箱入り娘ってか」
母:「パパは酔うと強引だから。アナタ、はやく肝硬変になって死んでください」
娘:「ところでパパ、なにくれるのー?」
父:「ようし、箱をやろう。ほら、箱だ。何を入れてもいいんだぞ!」
この数時間後、泥酔したパパは箱に入れられて海に沈められましたとさ。
…山崎ハコさん、すみません。 ひょっとしてあなたの日でしたか。
6月24日(木曜) 深夜
ぼくが職場に新しい服を着ていくたびに、「それユニクロでしょ!」と指摘してくる同僚がいる。
たいてい当たっているのが悔しいところなのだが、なんだか見下したような態度で言ってくるのが癪にさわる。ああ、どうせぼくはユニクロでも勿体ないような人間ですよ。あんたみたいに、ブランド物が似合うようなタマじゃあないですよ。はいはい。
…と被害感をたくましく膨らませておったわけですが。
よく考えたら、どうしてユニクロをそうだと見分けられるのか。流行に乗り遅れまいと新作を購入するよう心がけているのだ。これって、ユニクロに通いつめてないと分からないはずだろう。なんだテメエも、しょっちゅうユニクロに足を運んでるんじゃねえか。
というわけで最近は、他人がユニクロを着ていてもわざと知らぬふりをして「これってどこのシャツ?」なんて訊いたりしております。見栄の張りかたがどんどんよく分からない方向に進展してる。
ちなみに本日は、がんばってユナイテッドアローズのシャツを着て出社したのに、別の人から「ひょっとしてユニクロ?」と言われてしまいました。
ぼくは、どんな服を着ても安く見せる天賦の才能を持って生まれたのかもしれません。
「天は二物を与えず」と言われるけれど、与えてくれたのはこれ一つだけかよ。なんてケチな神様だ。
6月23日(水曜) 深夜
あれは小学校4年生の頃だったろうか。
エロに関する知識をなんとか吸収したいと躍起になっていた当時。
母親の本棚にあった「家庭の医学」をむさぼるように読んでいたら、子宮というシロモノの存在を知った。性教育が始まる前だから、もちろん詳しいことは分からない。でも、これはオッパイなんかと同様、なにか「いけないモノ」なんだというのは子ども心ながらに感じ取った。
翌日、クラスの男友達に言いまわった。
「子宮って知ってるけ?」
「知らん。なにそれ」
「ふふふ。女のエロいとこらしいんや」
「えー!」
「そう、子宮。女子には全員ついてるんやで」
「○○さんにも××さんにも!? うわー見てえ!」
「だろー」
ただ、当時ぼくは、「子宮」を「コミヤ」と読んでいた。てっきりこう読むものだと思い込んでいたのだ。
そして数日後、クラスの悪ガキたちが女子にちょっかいを出しはじめたのだった。
「おまえ、コミヤあるんやろー。知ってるねんぞー」
「コミヤ見せろやー」
ワケが分からず、ただキョトンとする女子の面々。恥ずかしがる女子の姿を期待していたのに…。
すっかり拍子抜けした悪ガキたちは、ぼくに詰め寄ってきたのでした。「おまえ、ほんまにコミヤなんてあるんか!?」と。答えに窮して「まだないのかもしれん…。でも大人になったら絶対あるはず!」とか言い訳して。
それにしても、いきなり「子宮見せて」と詰め寄る。今思い返しても、おそるべき子どもたちであります。大人になったら絶対言えない。
勇気のある貴兄は、ナンパするときなどに是非使ってください。「ねえ、子宮とかついてるでしょ? ちょっと見せてよ」
6月22日(火曜) 深夜
飲みすぎて吐くとき、きつい酸味が気持ち悪いという人は多い。ぼくもかつてはその一人だった。
が、レモンチューハイをメインドリンクにして酔っ払えば大丈夫なことが分かった。ゲロの酸味があたかも、レモンのさわやかな酸っぱさであるかのように錯覚できるのだ。「これはレモンの風味なんだ」と自分に言い聞かせることのできる心強さ。
おまけに、戻すときにもう一度、フレイバーを味わいなおすことができるというお得感。皆さまも是非お試しください。
レモンチューハイのCMに使えないものか。
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…と、このように日々、セルフ豆知識をフル活用しながら暮らしておるわけでありますが。
先週末はあろうことか、レモンチューハイなしに深酒してしまった。ああ小生、一生の不覚。これでは万一吐いたとき、本来なら喉ごし爽やかにいただけるはずのものが、不快な酸味へと姿を変えてしまうではないか。
しかし必要は発明のママン。ここでふと、冷蔵庫に放置していたポッカレモンがあることを思い出した。こいつをグッと飲み干せば万事OKではないか。
実行した直後、強烈な酸味にオエッときて即刻吐いてしまいました。
6月21日(月曜) 夜
台風が京都上空を通り過ぎまして。
台風の楽しみといえばやはり、ご婦人のスカートが風で舞い上がる光景。どこかでピンキーハプニングが起こらぬものかと、自分の傘が吹き飛びそうになりながらも道行く人々をキョロキョロ見回しておったところ。
こちらに向かってくる女性の短いフレアスカートが一瞬、ふわっとめくれ上がった。はうっ!!
と思えば、その下にはジャージの短パンみたいなのが着用されていた。くっ、相討ちか……。
でも、こういうジャージは妙に嬉しい。たとえ峰打ちであっても、満足するのが武士の誇りというもの。
…なにがどう相討ちで、峰打ちなのかよく分かりませんが。それに、こんな奴のどこが武士なのかも。
−−−
ところで、天才ハッカーが転身して、軍のサイバーテロ対策チームで活躍したりすると世間から大層もてはやされる。
凄腕の錠前破りが警察の防犯対策チームの顧問になったりしても同様である。昔は犯罪者だった者が、その天才的な技術を社会貢献のために再び生かす。こういうのが「かっこいい」ということになっているんだろう。
だったら、いま流行りの盗撮だって同じこと。スカートの中を盗撮したり、女子トイレに隠しカメラを設置したりして捕まってる人たちのニュースをよく目にするが、こういう分野においても「元プロ職人」が世の尊敬を集めたっておかしくない。
「女子トイレに隠しカメラを設置して十数年の男がいま、そのテクニックの全てを犯罪検挙に!!」
おおかっこいい! ものすごいテクニックだわ! 素敵!! …てな風にはならない気がするのはぼくだけだろうか。
職業に貴賎なしとよく言われるけれど、犯罪にだって貴賎はありまくる気がします。世間的に。
6月20日(日曜) 深夜
3ヶ月ほど前、職場の人から観葉植物の苗をもらった。
とくに趣味も生きがいもないぼくにとっては、またとないプレゼントである。この日を境に「観葉植物の栽培」を生きがいと定め、いつも目の届くところに置いて日々、水をやったりビールをやったりし続けておったのであります。
しかし、3ヶ月たっても一向に変化がないので焦燥感にかられてきた。
なにがいけなかったのかと胸に手を当てて考えてみると、思い当たる原因はただ一つ。いつも近くにいてほしいと思うあまり、パソコン机の横に鉢を置いていたのではないか。太陽光がまったくといっていいほど当たらないのだ。
そこで涙をのんでベランダに移すことにしたわけですが。
太陽がよく当たるためには、ベランダの手すりに置かなくてはならない。ただ、手すりは幅がせまいので、ふつうに置いたのでは風などで飛ばされてしまう。となると、いちばん隅の角に置くよりほかない。
こうして我が愛しの観葉植物は、身を乗り出さないと見えないベランダの片隅に鎮座なさることになった次第でありまして。
いったい何のための「観葉」植物なのか、という疑問が心によぎるたびに、歯をグッと食いしばって気持ちをそらす毎日です。
6月19日(土曜) 深夜
けっこう飲んでしまったけど、吐き気と戦いながら更新。おえっ。
昨日、近所の会社事務所で見かけたゴミ袋です。
ごみにわざわざ「ゴミ」と書いてるのもいい感じだが、右側の「あみだくじ」と書かれた袋が気になる。袋いっぱいのあみだくじ。
あみだくじのために専用の袋を作らなければならないなんて、この会社はいったい何をしているんだろう。おえっ。
いいなァ、あみだくじ。
ぼくの人生もいっそ、あみだくじで決めてほしいものだ。普通にテニスとかして、普通に結婚とかして、普通に死にたい。
おえっ。
6月18日(金曜) 夜
何事も悪意にとってけなす人がいる。
たとえば飲み会にて、甲斐甲斐しくビール注ぎなどに動く人を見てその人は言う。
「ふだん仕事しないくせに、こんなとこでポイント稼ごうとしやがって…。ああムカつく」
かと思えば、何事も善意にとってほめる人がいる。
たとえば飲み会にて、甲斐甲斐しくビール注ぎなどに動く人を見てその人は言う。
「あの子、ほんとによく動くねえ。見ていて気持ちがいいねー」
ぼくは、何事もけなす人を見るとホッとする。反語とかではなく心からそう思う。何事もけなす人、は悪意の底が分かるから。
それにひきかえ、何事もほめる人は内心なにを考えてるか分かったものではない。とても口にできないようなことを考えてるからこそ、ほめ言葉しか喋れないんじゃないか。「見ていて気持ちがいいねー」と言いつつも、実は「交通事故で半身不随になればいいのに」とか考えてるかもしれないのだ。
ちなみにぼくは、周りからよく「いい人」と言われております。てへっ。
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ものすごく今さらながら、エヴァンゲリオンのDVDを観ております。ちゃんと観るのは初めてである。
もう5年ほど前になるだろうか、知人が「おもしろいから見るといいよ」と言っていたのを突然思い出したのだ。で、一念発起してレンタルしてみたという次第。ぼくは常に、周回遅れで時代を疾走しております。さっそく第8話まで観た。
エヴァンゲリオンをご存じないかたのために簡単に説明すると、おおよそ次のようなストーリーである。
人間が乗ったロボット(エヴァンゲリオン)が敵ロボット(使徒)と戦う。
その合間に登場人物が、人生の意味その他、細々したことを考えるというお話。
確かにけっこう面白い。アクションシーンは元来より好きだし、細々したことを考えるのもシンパシーを覚える。
ただ気になるのは、「人類をやっつけるためにやってくる敵ロボットが毎回いつも一匹ずつおいでなさる」ということ。おかげでいつも、ギリギリで人間ロボットに負けてしまうのだ。何匹かつるんで攻撃をしかけたらすぐ勝てるだろうに。マヌケというより、ほとんどコントである。
…てな感想を知人に報告したところ、「そうやって斜に構えてしか見れず作品を楽しめないって、ほんと可哀想な人だね」と同情されてしまいました。
ああ、どうせぼくは可哀想なヤツですよ。はいはい。これからもどんどん一匹ずつ来ればいいじゃん使徒。阿呆かおまえは。むっかー。
ええと、アニメのキャラ相手に本気で腹を立てております。小生現在30歳。
6月17日(木曜) 深夜
夜になると、向かいにあるアパートの内部が何部屋か丸見えになる。カーテンを閉めずに過ごしているのだ。
おもしろいのでしばらく観察していたところ、一室で若い男が無心に作業していた。なにをしてるのか目を凝らしてみたら、「箱入りティッシュから紙を抜き取っては、ていねいに四角くたたむ」というのを延々と繰り返していた。うわー。
いったい何をしているんだろう。
いずれにしても怖い話であります。現代の怪談か。
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ところで、にんにく料理を食べた翌日や飲みすぎた翌日など、自分の口臭が気になることがある。
なので出勤前、手を丸めたところに息をためてにおいをチェックするのだが、手のひらもにおいがするのでよく分からない。空のコップに息を吐いてにおぐといいと聞いたのを思い出してやってみるも、ウチのコップはどれも妙なにおいがするので、これまたよく分からない。
ぼくのまわりには、くさくないものなど何一つないのかもしれません。こういう小さなことで大きく落ち込む昨今。
−−−
Go smoking の連載コラムが更新されてます。
今回のタイトルは「 エチケット灰皿 試用レポート」。 タバコを置くと副流煙が90%以上カットされるという、夢のようなスグレモノ灰皿を試用してみたレポートです。甘い話には落とし穴がある、という当たり前のことを改めて痛感させられました。
恐ろしくショボいコラムで恐縮ですが、よろしければご覧くださると嬉しいです。
6月16日(水曜) 夜
深酒した翌々日くらいに、よく舌が白くなる。いま流行りの舌苔だろうか。
ところで身体に関しては、「白いほうがモテる」の法則があるように思う。
顔はもちろんのこと、歯だって乳首だって、たいていは色白なほうが人気を博しているではないですか。歯を白くするハミガキ粉なんてずっと昔からあるし、昨今では乳首の色を 薄くする薬まで売り出されているとのこと。
この調子でいつか、舌も白いほうがいいってことにならないものか。
そして、いつしか肝臓も、組織が繊維化して「美白」されること請け合いです。
「この夏、からだの内側から白くなる!」
6月15日(火曜) 夜
ここのところ、手指の肌荒れがちょっと悪化している。
写真で見ると大したことなさそうに見えるかもしれないが、実際まァどうってことはない。かゆみも痛みもとくにない。
ただ、硬くなった肌がめくれて触感が悪いし、おまけにブツブツになっていて気持ち悪い。ひょっとして乾癬とかの病気なんじゃなかろうか。あるいは真菌かなにかが繁殖してるのかもしれない。このまま放置してたら全身に広がって、外見までもが廃人になってしまうのか!? ああ神様、天罰をお与えになるなら、あと50年だけ待ってください!!
…と悲愴な気持ちで近所の皮膚科を受診してみたわけですが。
ぼくの指先をみたとたん、医者いわく。「なんか最近、洗剤とか使ったんじゃない?」
洗剤といえば週に何度か洗い物で使っている。このことを正直に伝えると、再び医者いわく。「どうやって使ってんの?」
どうと言われましても、いやその、普通にこうスポンジに洗剤を垂らしてですねえ。そのスポンジをこう、円を描くようにキュッキュッと皿に……。
「そりゃダメだよ、キミ」
あ、円を描くようにってのは、これがいいかなァと勝手に判断してやってました。すみません。
「あのねェ…。洗剤の説明書き、ちゃんと読んだ? そのまま原液を垂らせなんて書いてないでしょ」
えっ!?
「水1リットルに対して洗剤0.75ミリリットル! 家に帰ったらもう一度よく読んでみて」
で、「とりあえず洗剤は薄めて使うこと」「しばらくは前回アトピーで処方した薬を塗って様子を見るように」「それでも悪化するようだったまた来てください」と言われて診察は終了。帰宅してさっそく、台所の洗剤を確認してみた。
ぐっ。確かに医者の言うとおりである。水1リットルに対して洗剤0.75ミリリットル。全然知らなかった。
ってことは、今までぼくは規定量の千倍以上の濃度で使っていたのか。いやー、知らない間にこんなに羽振りのいい生活を送っていたとは。「キャビアって毎朝、どんぶりにして食うもんじゃなかったの!?」とショックを受けている王子様のような気分であります。
ぼくのような莫迦がいるから、国の医療費が無駄にかさむのかもしれません。
6月14日(月曜) 深夜
先日、実家に帰る機会があった。
すると母が「お酒ばかり飲んでないで野菜食べなさいよ」と言って、蕗のつくだ煮をたくさん包んでくれた。
以降、蕗のつくだ煮で日本酒ばかり飲んでおります。合うんだこれが。
−−−
関係ないけど、金閣寺に行ったときの写真をひとつ。
「先生方のチェックポイント用」のベンチに堂々と腰かけてる外国人観光客。なんでわざわざ、ここに座るか。
いやまァ、日本語が読めないから仕方ないんだけど。せっかく「ベンチ」とか「チェックポイント」とか横文字使ってあるのに、カタカナじゃあちっとも意味がない。おまけに、なんか可笑しいなあと思ってカメラを向けたら、真ん中の青年はキメ顔作っちゃってるし。ヘイ、ノーノー!!
でも我々も実は、海外旅行中、"Do not sit down here!"なんて書かれたベンチに座ってるのかもしれません。
で、写真撮られてアルカイック・スマイール。で、ヘタレ外人が作ってるブログに載せられて。
6月13日(日曜) 深夜
友人に電話したら、共通の知人の悪口になった。そして彼いわく、
「おれ頭きてさァ、ガツンと言ってやったんだよ。そしたらアイツ、豆が鉄砲を食らったような顔してやがったよ」
豆が鉄砲を食らうと、いったいどんな顔になるんでしょうか。
想像もつかないという点で、本当にすごい顔だろうなとは思うけど。
−−−
ところで大阪の某所に、「オトナのおもちゃ野外博物館」というのがある。
下の写真は、そこの三角木馬アトラクションに掲示されていた注意書き。
濡れるのを楽しむ乗り物だけど、ときにはずぶ濡れになることもある。おぬし、なかなか大きく出たな、という感じである。
…すみません。ウソです。
所用あって出向いた、ひらかたパークの「いかだ下り」アトラクションの注意書きでした。
ちなみに、オトナのおもちゃ野外博物館なんてのも実在しませんのであしからず。
6月11日(金曜) 夜
ヘパリーゼドリンクとハイチオールC(どちらも二日酔い防止薬)を肴に、ワインをがぶがぶ飲んでおります。
酔いたいのか酔いたくないのかどっちなのだ。
低タールタバコにでかいフィルター付けて吸ってるおっさんのような気分です。往生際悪いことこの上なし。
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本屋で本を買ったら、速読術の受講チラシが同封されてきた。
何気なく読んでみたら結構すごいテクニックであるらしい。「文字情報を画像のように認識することによって情報を一挙に処理」して、「従来の10倍以上の速度で読み進めることができる」とのこと。文庫本なら一冊あたり10分くらいで読めるようになるんである!!
安月給から買った本をチマチマ読むのを楽しみにしているぼくとしては、こんなテクニックを会得してしまうとずいぶんションボリした事態になりそうだが、それはさておき。速読術をマスターしたらどんなことになるんだろうか?
ああ、もったいない。「これで何回かオナニーしよう」と思っていても、気がつけば7分で読み終えてしまっているのだ。いったん読んでしまったものは、もう記憶から消えない。ああ、ワシのおかずを返せ! ってなものだろう。
娯楽モノを読むときは速読術を使わなければいいじゃん、という意見もあろうが、一度身についてしまったものはどうしようもない気がする。
たとえば英文だってそうだ。
大学院時代、授業で英語の論文ばかり読まされていた。当初はもちろん辞書を片手にチマチマ読み進むのがやっとだったが、気がつけば、パッと見ればおおよその内容は把握できるようになっていた(ただし専門分野の論文に限る。特定分野の論文はごく限定された語彙から成り立っているから、テクニカルタームさえ覚えれば逆に楽に読めるのです。 赤川次郎も読み通す力のない男子中学生が69とかパイパンとか書かれてるエロ小説だけは読破できるのと同じようなもの。だから今でも、英字新聞なんかは全然読めません 。念のため。って、ぼくはいったい何におびえてるんでしょうか)。
いったん早く読めるようになってしまうと、わざとゆっくり読むなんて芸当はできなくなる(さっき英語論文で実験してみたけどやっぱり無理だった。ページを見た途端に内容が入ってきてしまうのだ)。速読術の場合もおそらく、これと似たようなことが起こってしまうのではないか。
速読術を身につけるに際しては、エロ小説やドラえもんとの訣別が求められるのかもしれません。ぼくには無理だ。
小生にとっての読書は、手段ではなく目的なのです。…とかまとめると、ちょっとカッコイイですか? マドンナメイトですけど。
6月10日(木曜) 深夜
今週末、職場がらみの昼食会に誘われている。
ただ、はっきり言うと行きたくない。誘ってもらうのはありがたいのだが、先輩や上司のいる席だと気疲れするし、だいいち休日の昼間は家でゴロゴロすることに決めているのだ。ぼくにとって惰眠タイムは「いのちの時間」、なんとしても死守しなければならない。
てなわけで、「ちょっと用事があるんで…」と断ることに決めてはみたものの。
用事もないのに「ある」とウソをつくのは内心ちょっと心苦しい。できることならウソなどつきたくない。あー、なんか用事ないかなァ。あれば罪悪感を抱くことなく、心置きなく昼食会を欠席できるんだけど…。
と考えていたら、用事などいくらでもあることに気がついた。
ものすごく忙しいではないか。
おまけに週末の日中は、自分に課している「半覚醒状態で臥床しながら体躯を緩やかに回転させ続ける」というライフワークがある(俗にゴロゴロするとも言う)。ああ、こりゃあもう火の車ですよダンナ。かかる殺人的スケジュールにあえぐ小生を昼食会に連行するなんて、あまりにも冷酷な仕打ちじゃあありませんか。
よし、これで胸を張って言える。「今週末はちょっと用事が立て込んでおりまして…」。
本日の格言: 用事は人生を豊かにする。
6月9日(水曜) 夜
この日記について、中学時代からの友人から指摘された。
「誰から頼まれたわけでもないのに、よくもまあ書き続けてるよなァ。尊敬するけど、ちょっとどうかとも思うよ」
ええと。それを言えば暴走族(死語?)の皆さんだって、誰に頼まれてるわけでもないのに毎日走り続けてはりますがな。
−−−
ところで、近所の民家前で見かけた注意書きです。
○○様、この前 駐車禁止。
おそらくいつも同じ場所に駐車する人がいて困っていたのだろう(なにか業者の車両なのかもしれない)。で、当初は単に「駐車禁止」と貼り出したものの、あまり効果がなかった。そして苦慮のすえ、考案したのがこの掲示だと思われる。
名指しで「駐車禁止」とやるとはなかなかの度胸である。そのくせ、「○○様」と敬称をつけてるのがなんだか可笑しい。丁寧なのか失礼なのか。
人は追いつめられると、何をしでかすか分かったものではありませんな。
6月8日(火曜) 夜
先輩たちが出払った職場でデスクワークに励んでいたら、外線から電話がかかってきた。
「お電話ありがとうございます。株式会社○○の名倉と申します」
「いつもお世話になっております。わたくし東野と申しますが…。××さんはおられますか?」
東野さんという人は誰だか知らないが、話から察するに、上司の××さんの取引先であるようだった。で、「よければご伝言を承りますが…」ってことになり、ひとしきり用件を聞いてメモした後、念のためにもう一度確認したわけです。
「では失礼ですが、念のため、もう一度お名前をお願いいたします」
そこで先方は明瞭に発音していたのだが、同時にもう一台の電話が鳴りはじめたのが悪かった。そっちに注意が向いて一瞬、頭が混乱してしまったのだ。そしてインプットとアウトプットが微妙に齟齬を来たしてしまったわけでありまして。
「かしこまりました。東野幸治さまですね」
「えっ? 東野信二、ですけど!?」(下の名前は仮名ですがだいたいこんな感じ)
しまった! 東野幸治といえば、あの天然パンチパーマの芸人ではないか! それも名前聞いた直後から間違えてるし!!
−−−
そういや学生時代、大学の同じ学部の同級生に金子信孝くんというのがいた。
当時、金子くんに電話する機会があったんですが。
「あのー、○○大学の名倉ですけど。信雄さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「え? オレのこと?」
微妙にうろ覚えしてる芸人の名前って、意外と危険なのかもしれません。ふとした拍子にアウトプットされる。
※金子信雄さんは『仁義なき戦い』などに出演していたシブい俳優さんです。
6月7日(月曜) 深夜
会社帰り、ナカヌキヤの電器コーナーをぶらぶらしていたところ。
MDウォークマン「視聴できます」とのポップが立っていた。おお、自由に視たり聴いたりできるのか。聴かせてくれる店はほかにも多いが、見てもいい店とは珍しい。よーし、見るぞー。じーっ!!
…いやまァ、「試聴」の間違いだとは思うんですが。こういう誤字を見ると気が抜けますな。
−−−
ところで少し前、職場の社員食堂に「ご意見箱」が登場した。
日替わりランチへの忌憚なきご意見をお聞かせください、なるべく要望に応えていく所存でありますゆえ、ということで業者が設けたものらしい。
たしかに言われてみると、ショボい定食の日も多いし、どうかと思う味つけのときもある。昼食が勤務中の唯一の楽しみであるぼくにとって、これはまたとない好機。これまでの思いのたけを存分にぶつけてやろうじゃないか。
…と意気込んで毎日欠かさず投書しているのだが、ご意見箱のようすがどうもおかしい。用紙を箱に入れると、いつも決まって「コトン」と音がするのだ。気になってこっそり箱を開けてみたところ、案の定、意見を書いているのはぼく一人だけだった。
来る日も来る日も、特定の人物だけが欠かさず投書してくる。これではまるで粘着ストーカーではないか。業者に気色悪がられて無視されては元も子もない。
そこで最近では工夫をこらし、字体&文体を毎日変えて投書するように心がけておるわけです。
で、次第にエスカレートしてきて。
そしてふと気がつきました。「74歳女性・無職」がどうして社員食堂で食ってるのかと。
6月6日(日曜) 深夜
知人とメッセンジャーでチャットしていたら、別の知人から珍しく電話がかかってきた。
ぼくはこういうとき、どちらかを切ることができない。友達が少ない身としては、「誰かから連絡がくる」というのはとても嬉しい出来事なのだ。それをみすみす断るなんて、もったいなくて到底できやしないんである。
というわけで、携帯電話を耳にはさんで会話しながら、チャットでキーボードを打ち続けるはめになったわけでありますが。
当初は電話もチャットも、いずれとも何とか無難にこなすことができていた。「ひさしぶりー」と口で喋りながら、「最近どうですか?」とタイピングする。どちらも平凡な雑談という感じだったので、それほど混乱せずに会話を続けられていた。
だが、次第に雲行きがマズいことになってきた。チャットのほうは「最近の芸能ネタ」や「ウンコ話」といったバカ談義になっていくのに対して、電話のほうは「最近ちょっと精神的につらくて…」というような深刻な内容になってきたのだ。「アハハ」とかタイピングしながら、電話では「…そうなんだ。食事はとれてるの?」なんてって。
おまけに酒まで飲んでるものだから、もうどんどんワケが分からなくなってきよりまして。小生の脳みその言語野、すっかり混線してしまいまして。電話でとんでもないことを口走ってしまったんであります。
相手:「なんか最近、いろいろ考えすぎちゃって胃が痛くなってくるんだよ…」
ぼく:「ハハハ、いいなあそれ! …あっ」
チャットのほうは、文脈にそぐわないことを書いてしまっても送信前に訂正できるからいい。でも電話はそうはいかない。いったん言葉を発してしまうと取り返しがつかないのだ。
案の定、電話の知人からは「もういいよ。切るわ」と愛想をつかされ、おかげで落ち込んでチャットのバカ話続ける元気もなくなり。
こうやってぼくの周りから、どんどん人が離れていくんだなあと思います。
6月5日(土曜) 夜
シュウマイって、レンジでチンするとどうしてこんなに熱いんだろう。
焼肉なんて、いくら焼きたてでもちっとも熱くないのに。
−−−
ぼくが初めてバイトしたのは高1の夏休み。英会話のジオスのポスター貼りだった。
民家の壁などにポスターを一枚貼るごとに200円もらえるというシステムで、ぼくは口ベタなこともあって時給にすると平均300円くらいだった(労働基準法はどうなってたんだろう)。おまけに、本来なら移動のための交通費が支給されるはずが、自転車で来ているという理由でこれもすべてカットされる始末。
時給300円で数ヶ月、働き続けた。雨の日も当たり前のように、自転車で郊外をかけめぐった。今だったら即刻でやめているところだが、当時は初めてのバイトだったので「働くっていうのは本当につらいのう…」と思うばかりだったのだ。300円稼ぐために、全身ずぶ濡れになりながら民家の扉をたたいて回った日々。
しばらく後、高校の授業が忙しくなってきてのでバイトをやめた。その数ヵ月後、こんどはケンタッキーの調理場でバイトを始めた。
そして感動した。出勤すれば確実に一時間530円もらえるうえ、時には残り物のフライドチキンをもらえるのだ。ああ天国だと思った。なんて素晴らしいバイトを選んだのだろう、ほんとにツイてるよオレは…と。トイレ掃除なんかもガンガンさせられたが、確実にお金をもらえるだけで感謝の気持ちでいっぱいだった。
おかげで今でも、たいていの仕事は天国であります。なにごとも最初が肝心です。
こう考えると実家時代、母親の手料理が異様にまずかったことにも感謝しなくてはならない。吉野家に行ってもサイゼリヤに行っても、「うまいなァ…」「果報者だよオレは…」と心から幸せをかみしめることができるのは、これすべて母のおかげなのだ。ああ、ありがとう母さん!!
皆様もぜひ、最初に結婚するときは、暴力ばかりふるう男とか自殺未遂ばかり繰り返す女とかを選ぶといいと思います。みなに幸せあれ!!
6月3日(木曜) 深夜
数年前、「精子が減少して不妊症になっている男性が増えている」というニュースが話題になった。
当時プレイ青年だったK君は「うらやましいなあ」と言っていた。
そういうおまえがうらやましいよ、と思ったが、悔しいので口にしないまま現在にいたる。
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というわけで、いつも見栄っ張りなライフスタイルを貫き通している小生。
相手がよく分からないことを話していても、知ったかぶりしてウンウンうなずいてしまう悪癖がある。
今日もそうだった。昼休みに同僚と雑談していたら「オンミョウジのアベノセイメイ」が話題にのぼったものの、何のことかちっとも分からない。しかし訊き返すのも悔しいので、自分なりに見当をつけて聞いていたら、話がどんどん謎めいた方向に進みはじめたのだった。
えっ? 生保会社の話じゃなかったの!? 御妙寺という場所(大阪・阿倍野方面)にある「あべの生命」という会社だとあたりをつけていたのだが…。
さすがにマズいと思って、すべてを打ち明けて尋ねてみてようやく分かった。『陰陽師』という作品の主人公「安倍清明」さんのことだったのか!
その後、みんなから侮蔑と嘲笑を一身に浴びたことは言うまでもありません。それはもう語りつくせないほどの。
くそー、カッターで首切ったろか。オレの。
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さて、 Go smoking の連載コラムが更新されてます。
今回のタイトルは「 逃げない灰皿」。いつも喫茶店代わりにタバコを吸っている公園の灰皿を写真入りで紹介してみました。灰皿がなぜかワイヤー錠でつながれていて、こりゃどうことじゃ!? と怒りにかられて書いてみたもの。
よろしければご覧くださると嬉しいです。
6月2日(水曜) 深夜
会社帰りにスーパーでネギを購入。
そのあと買うものがあったのでパソコンショップに立ち寄ったのだが、スーパーの袋からネギがひょろひょろ顔を出しているので妙に恥ずかしかった。ネギ片手に、「あのう、ネットワーク・インターフェイスのことでお聞きしたいんですけど…」なんて店員に尋ねたり。
デパートや電器屋の手前にスーパーがあるという立地順序がうらめしい。
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ところで、自殺のニュースが報道されるたびに耳にする表現。遺書のようなものが見つかりました。
「遺書のようなもの」って何なのだろう。
いやまァ、遺書なのかどうか特定できないってことなんだろうけれど、それにしても何だかなァと思う。
死を直前にして書き上げた自分の文章が「遺書のようなもの」呼ばわりされているのを知ったら、天国の故人はいったいどう思うだろう。ぼくだったら、もう一度生き返って「だから遺書ですって!」と抗議してるかもしれない。
遺書みたいな重要なモノが「〜のようなもの」扱いされるという不条理さ。遺書ってそんなに曖昧模糊としたものなのか。薄墨で「ああ…、もわーん、あうあうー」なんて書きなぐられていたりするんだろうか。
こうなったら自衛策として、遺書にタイトルを明記するしかない。「正真正銘の遺書」なんてって。
でも、こう書いたら書いたで報道されるんだろうなァ。「正真正銘の遺書と題する、遺書のようなものが発見されました!」
6月1日(火曜) 深夜
種子島に旅行した読者のかたが送ってくださった画像です。
スナック「人生相談」。やっぱりママが、いろんな悩みに答えてるんでしょうか。
「オイラの家、ガス給湯器が壊れちまったんだけどよぅ…。どうすりゃいい?」
「あーら、いけないわ。そういうときは修理しなくちゃダ・メ・よ!」
「くーっ、ママにそう言われちゃあ、オイラも後にひけねえってもんだ! よっしゃ、修理するべ!」
わざわざ種子島まで来て。
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ところで、20代後半から順調に毛髪がさみしくなりつつある小生でありますが。
おかげで普段から、なるべく頭頂部を他人に見られないよう心がけるようになってきた。
背丈は平均よりも高いほうなので、立っているときはそれほど気をつけなくてもいい。
しかし危険なのは、たとえば階段をおりるとき。まかり間違って同行の知人に先んじて階段をおりてしまったりすると、ああしまった! また見られてもうたがな! と一人で悶絶するハメになるんである。
だから階段でのぼくは非常に謙虚だ。常に「三尺下がって師の影を踏まず」。先輩も後輩もみな師、師。もちろん厳格な「レディーファースト」である。
椅子に座るときも同様に危険である。座ると背丈が低くなるから。
ただ、ここで葛藤が生じる。
ぼくは座高が妙に高い。なのでヤングの時分は、なるべく深く腰掛けて、座高を低く見せるよう心がけてきた。「座ると背が高く感じるねー」なんてことになれば、短足胴長なのが周囲に再認識されてしまうからである。
だが、頭頂部問題が勃発してからは、座高問題のことばかり考えて過ごすわけにいかなくなってきたのだ。
ああ、いったいどうすりゃいいんだよ!!
…と、このような両すくみの結果、最近では「中間をとってほどよく座る」習慣が身に付いてきた次第でありまして。ものすごい紆余曲折の末に、「ほどよく座る」という、これまたものすごい中庸さ。
ぼくの人生の大半は、こういうことで費やされているような気がします。悲しげなポエムよりもよっぽど悲しいでやんすよ。まったく。